メキシコ・ストリートチルドレンと出会う旅2018感想文その1

 22回目となったツアーには、日本から大学生5名と社会人2名が参加し、現地メキシコシティ在住の日本人女性4名も部分参加しました。例年と同様に、次の5つの現地NGOを訪ね、子どもたちやスタッフとその活動に参加しました。

プロ・ニーニョス・デ・ラ・カジェ/ストリートエデュケーションとデイセンター
カサ・アリアンサ・メヒコ/ストリートエデュケーションとデイセンター、男子&女子定住ホー
オガーレス・プロビデンシア/路上訪問と男子&女子定住ホーム、ピクニック
オリン・シワツィン/都市貧困層の子どものための保育所と親への支援
カウセ・シウダダーノ/都市貧困層の子どもや若者のためのコミュニティセンター

 その感想を参加者に語ってもらいます。なお、今年のツアーを通して知った、現地の子どもたちやNGOの活動状況については、11月のツアー報告会にて、旅の案内人をつとめた共同代表の工藤が詳しく報告します。ここでも、3回にわけて、各NGOの状況を紹介したいと思います。
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 早田佳乃(大学生)
 ストリートチルドレンと出会ったこの9日間は、本当に毎日が初めての体験だらけで刺激的な時間でした。行く前はストリートチルドレンとうまく関われるかなど不安だらけで、あまり下準備もせずに行きました。テレビや人から聞いたストリートチルドレンは、ドラッグなどをやっていたり、働きに出させられていたりして、路上で寝泊まりしている子どもたちというイメージでした。

 ストリートチルドレンに会う1日目は、まず施設に行くまでがすでに刺激的でした。メキシコの地下鉄に乗ると、日本人ってことですごく見られて、また車内で物を売っている人を見るのにも初めは驚きましたが、今となってはすごく賑やかで面白かったなと思います。施設に着いてみると、思ったより建物もちゃんとしていて、子どもたちもみんな着ている服が綺麗で、女の子はおしゃれに気を配っているのが見え、想像していたのとは違いました。初めは元ストリートチルドレンの子との間に距離がありましたが、みんなが話しかけてくれて、日本に興味がある子が多く、すぐに仲良くなれたのが、嬉しかったです。言葉が通じなくて困りましたが、向こうが頑張ってパソコンなどを使って何とか言葉を伝えようとしてくれて、私もスペイン語は全然わからないけれど、ジェスチャーなどを使って言葉がそんなに通じなくてもコミュニケーションを取る楽しさが、その1日でわかってきました。

 2日目は、段々とコミュニケーションの仕方がわかってきたので、「神の目」という民芸品をつくったり、折り紙を教えたりするのも、割とスムースにできて、何人もの子と仲良くなれました。でも、後になって、この子たちも元々はストリートチルドレンだったと思うと、路上生活しているのが想像つかなくて、過去につらい経験をしていたということに、胸が痛かったです。

 私は、個人的に「オガーレス・プロビデンシア」の子どもたちやスタッフの教育や人柄、志が好きになりました。この施設の設立者のチンチャチョーマ神父さんの「愛が一番大切な権利だ」という言葉が、すごく好きですし、印象に残っています。他の団体では、子どもたちの親代わりになるのではなく、あくまでもスタッフとして接するというところがありましたが、「オガーレス・プロビデンシア」では、スタッフは子どもたちの親代わりとして一人ひとりの子どもを愛しているのが、子どもたちにちゃんと伝わっていて、そういうところが本当に素敵だなと思いました。

 ここの施設の子どもたちと遊んでいて気づいたのは、みんな仲がいいということです。ちゃんと譲りあったり、年上の子は年下の子の面倒を見たり、大家族を見ているようでした。子どもたちとスタッフの距離が近いのもいいなと思いました。プログラム・ディレクターのマリオさんも、少年のように子どもたちと対等に遊んでいるのを見て、さらにこの施設の良さがわかりました。

「プロ・ニーニョス」のスタッフとの路上活動も、すごく印象的でした。路上で出会う子は、今まで知り合った施設にいた子どもたちとは、見た目も態度も違うなと思いました。最初に訪れたところでは、トンネルの下に少年が2人住んでいました。少年は寝たまま、私たちと挨拶しました。辺りは異臭がしていました。少し怖くてどうやって関わればいいんだろうと思って、自分なりになるべくずっと笑顔を見せ、少年の隣に座るようにしました。ゲームをしてだんだん慣れてきてからは、施設にいた子どもたちと変わらない、純粋な少年だなと感じました。 

 施設の子どもと比較して、一番違うと思ったところは、私たちへの関心や集中力です。施設の子は向こうからどんどん話しかけてきて,スポーツをしている時もちゃんと私たちにパスを渡してくれるのですが、路上の子たちはこっちがゲームの楽しさを伝えなければ、興味がなくなってゲームをやらなくなってしまうので、集中力を続かせるのが難しいポイントだな、と思いました。

 もう1人会った女の子は、日本や私たちに興味がすごくあって、カードゲームも率先してやってくれました。私と好きな歌手が同じで、年も1歳しか違わなかったので、とても仲良くなれました。こんなに仲良くなれると思っていなかったので、うれしかったです。出会った路上の子どもたちが、私たちと関わったことで施設に少しでも興味をもって、路上生活を卒業してほしいと思いました。

 「カウセ・シウダダーノ」で聞いた若者たちの政治に対する思いも、とても印象に残っています。政治が変わることによってストリートの生活も大きく変わるであろうことが、よくわかりました。今年7月に実施された大統領選挙は、メキシコではすごく重要なイベントで、若者の投票率が高いという話に、驚きました。日本の若者と比べて政治に関心が強く、少しでも良い政治にしたいという気持ちが強いなと感じました。やはり日本は平和すぎて、私たち若者が何かしなくても誰かが政治をどうにかしてくれるという気持ちがどこかにあるから、なかなか政治を身近なものに感じないのだと思いました。

 話をしてくれた若者のひとり、ラウラさんが、「自分たちの国の未来は自分たちで決め、変えることは当たり前」と話したことは、その通りであり、また同時に難しいことでもあると思いました。これは日本でもメキシコでも同じだと思いました。メキシコの人たちは、麻薬戦争を止めてほしいと、今の大統領やその前の大統領に投票しましたが、実際にはなにも変わっていないらしく、政治を変化させるのはやはり難しいということが、改めてわかりました。私は、今までまったく政治に興味がなかったし、投票しに行こうと思ったこともありませんでしたが、ちゃんと投票に行こうと思いました。これからの時代を生きるのは私たち若者だから、政治に興味を持って関わっていかないと,ダメだと思いました。

 今回のツアーでは、初めてのことだらけで、みんなが体験できるわけではないことを経験できたことが、幸せでした。日本に帰ってきた今でも、ストリートの子どもたちは今なにをしているのかなと思ってしまいます。仲良くなりすぎて、別れが今でも寂しいです。NGOの活動にもすごく興味が持てて、これからも何かしらの形で関わっていきたいなと思いました。ストリートチルドレンのことを少しでも多くの人に知ってもらえるように、ゼミの発表において、また友だちにも、いろんな話をしようと思います!


 鈴木真代(現地在住)
[ツアーに参加したきっかけ]
 3つあります。(1)もともと大学時代(国際関係学専攻)に同じサークルだった友人が本ツアーに参加しており、学びが多かったという話を聞いたことがあり、メキシコに住むことになってから、いつか参加したいと思っていました。(2)夫の仕事の都合でメキシコに住み始めてから、仕事をしていない分、時間があったため、自分ができそうなボランティアを探してみたものの、語学のレベルやメキシコ人とのネットワークも少ないため、なかなかNGOの情報にアクセスするのが困難だったので、本ツアーに参加しメキシコのNGOについて知り、自分に何ができるのか知りたいとも思っていました。(3)今住んでいる外国人居住者の多いエリアでは、工藤さんが本に書いていらっしゃるような物乞いをしている子どもたちや路上で寝ている子どもたちを見ることは稀だったため、そういった子どもたちの現状やその周辺の社会課題について、自分の目で見ることができるのは、本ツアーに参加する最大の意義だと思いました。

[印象的だったこと]
1)暴力等の様々なトラウマを乗り越えようとする子どもたち
 普段メキシコに住んでいても、メキシコ人の子どもたちや青年に会うことが少なく、どんな雰囲気でどんな場所でどんな暮らしをしているのか、当初全く想像がつきませんでした。初日の「カサ・アリアンサ」での子どもたちと一緒に過ごした時間が、最も印象に残っています。女子グループホームでは、とてもあったかい雰囲気の中、笑顔で暮らしている少女たちに出会い、数ヶ月前にこのホームにたどりついた子たちが、辛い環境から脱して、回復しつつある状況を垣間見ることができました。男子グループホームでは、屈託のない笑顔の少年たちの表情を見て、色々と大変な経験をしているはずなのに、子どもらしい表情を取り戻せていることを考えると、急に涙が溢れてしまい、逆にこちらが元気をもらいました。

 「カサ・アリアンサ」に限らず、他の施設でも、男女どちらも、ふとした瞬間に、たまに表情が曇る子や、急に泣き出してしまう子を見ることがありました。きっと私たちには想像できないくらいの辛い道のりを歩んで、ここまでたどり着いたんだろうかと思うと、なかなか完治しづらい根深い心の問題を抱えているのかなと想像し、継続的な支援がずっと必要なんだろうと感じました。そんな子どもたちやスタッフの方々が、「こんな風に非日常を感じられる、外国人の皆さんの訪問があるだけで、少しでも嫌なことを忘れられるから、とても嬉しい」と言ってくれて、自分たちが簡単にできることがあったんだと気づきました。

2)子どもが楽しめる遊びの数々
 どこの施設を訪れても、言語や年齢に関係なく、人と人を繋ぎ、自尊心を向上させることができるような、面白い「遊び」を体験することで、子どもたちと交流することができました。子どもたちが施設に通うようになるモチベーションの源泉を理解できた気がします。「プロ・ニーニョス」のストリートエデュケーターと過ごした1日は、路上生活から脱出させるきっかけとして「遊び」を利用したアプローチをしていて、特に学びが多かったです。  

 例えば、路上で毛布にくるまって寝ている子どもに声をかけ、カードゲームを始めると、それまで朦朧として嫌がっていた様子が変わり、熱中して「ゲームに勝ちたい」という意欲が湧いてくる変化を間近で見ました。帰り際には、「また明日も来る?」と必ず確認するのが、子どもらしく、何かしらの人とのつながりや頼れる人からの個別のサポートを必要としていることを物語っていました。

3)ストリートチルドレンを支えるメキシコ人たち
 貧富の差の激しい国で、どんなメキシコ人が共助のために尽くしているのか、とても興味があり、訪問したNGOの職員たちに聞いてみると、代表理事として活躍する現役のビジネスリーダー、比較的恵まれた家庭に生まれ無償で働く女性活動家、NGOでの仕事を選んだ元政府職員、公的病院での勤務と並行して活躍する医師、長年同じNGOで活躍するカウンセラー、子どもたちの権利回復のため膨大な業務に奔走する弁護士、自分たちの通ったNGOで講師として活躍する若者などがいました。給与よりも仕事のやりがいを優先して、子どもたちのために尽くすメキシコ人に出会えたことは、メキシコの人権系NGOコミュニティがどんな方々で構成されているのか、実際に見聞きすることができ、貴重な機会になりました。

[これからのアクション]
 また来年もスタディツアーが開催されるようでしたら、参加したいと思いますし、メキシコの草の根で活動し、実績のたくさん積んでいるNGOを訪問することができたので、メキシコでの生活をする中で、自分も個人として貢献できることを検討・提案しながら、今後も彼らと関わっていきたいと思います。

(2018年10月発行のニュースレターNo285より)

子ども食堂レポート

 市川泰子運営委員)
 近頃、話題に上ることの増えた子ども食堂。私の勤める保育園でも、昨年9月から、子ども食堂「さんりんしゃ」を始めました。正確には、私たちの保育園と、昔から懇意にしている近隣の児童館、保育園、幼稚園などが共同で出資して、運営しています。「子ども食堂」と言っても、関わる人々の思いや掲げるコンセプトは様々で、それをきっちり整理しようとすると身動きが取れなくなってしまうため、「とりあえずやり始めよう。やりながら考えよう」と、細かいことは抜きに、子どもも大人も集える食堂(居場所)として開所しました。

毎週火曜日17時から19時30分まで開所。多い日は60名以上、少ない日も40名程度が利用しています。小学生がひとりで食べにくる場合と、お母さんが小さなお子さんを連れて食べにくる場合が多く、ときどき、中学生が塾に行く前の腹ごしらえに寄ったり、何をやっているのかと店内をのぞいたおじさんが、ついでに食べて行ったりというケースもあります。利用者は、ほぼ全員、近隣に住む地域の人たちです。子どもたちは食事を終えると外で遊んだり、室内で駄弁ったりして、和気あいあいとすごしています。料金は、子どもはワンコイン(1円玉でも、100円玉でも、玩具のコインでも、何でも本人なりに精一杯用意したコイン)1枚以上。大人は500円以上で、おかわり自由。スタッフは、有給1名、その他はボランティアで、各施設の職員や地域の方にお手伝いしていただいています。私も基本的に毎週仕事終わりにお手伝いに行っています。

 初め園長から、「子ども食堂やるぞー!!」と聞いたときは、親の養育姿勢にアプローチすることもなく、食事だけ出していくことは、子どもたちにとって良いことなのかな…と、自分としては懐疑的でした。開所から一年弱が経ち、活動に参加する中で、私たちの子ども食堂の良い点と、子ども食堂ではカバーしきれない点があることが、だんだん見えてきました。

 私たちの子ども食堂が他の子ども食堂と大きく異なる良い点は、地域の児童施設が共同で運営しているということです。食堂にいる人たちが、子どもや保護者にとって、自分が昔通っていた、あるいは今現在利用している施設の職員さんであるため、安心感があり、信頼関係ができていることが多いのです。そして、運営側としても、食事にくる子どもたちの家庭の背景を、初めからそれなりに把握できている。この子、お家でちゃんとご飯食べられているのかな?と児童館や保育園で、内心、心配していても、今まではそれ以上のことができませんでした。子ども食堂という場所は、子どもに確実に食事が提供できるし、親御さんに対しても気軽に声掛けできるのが良い点です。親に「ちゃんとご飯作りなさい」と言う話を聞き入れてもらうのは難しいですが、「今度、ちょっと食べに来てよ」というのは受け入れてもらいやすい。一緒に食事を囲む中で、ゆっくりできる話もあります。

 子ども食堂で様子が気になる場合は、その子がよく通っている児童館や出身保育園の職員、地域のボランティアさんに状況を聞くこともできます。重大なケースを、子ども食堂のネットワークで保護することができたこともありました。地域の方が独力で始めた子ども食堂では、こういったことは、なかなか難しいと思います。今日来た子が、いったいどこの誰なのだろうということを、手探りで情報収集しなければなりません。近隣児童施設が協力して運営している食堂だからこそ、できる部分です。

 プライバシーや守秘義務の問題があるので、どこまでをケースワークするのか、その子の情報を誰にどこまで共有するのかについては、かなり繊細な問題ではあるものの、今のところ、昔からよく知る園長同士、施設長同士の信頼関係で成立しています。少し大袈裟になりますが、要保護児童を施設横断的に見守るネットワーク、ケースワークの実験の場として機能していると感じます。

 しかし、現状では限界もあります。

「最近A君、子ども食堂に来ないけど、どうしたのかな?」

 家庭の事情が複雑なA君。いつも来ている児童館にも、1週間以上顔を見せていないとのこと。よくつるんでいる子に聞いてみても、よくわからない。こうなってくると、もう手立てがないのが現状で、食堂運営に携わる児童施設のネットワークの外に出てしまうと、それ以上は追いかけられない。学校、子ども家庭支援センター、民生委員などと連絡を取らなければ、状況を把握できないのですが、これらに情報のシェアを働きかけるのは、まだまだハードルが高い。本当は、こういった子どもたちに関わる施設、人々のすべてが一つのネットワークを作っていれば、全体をカバーできるのですが、私たちの子ども食堂では、一部を形作るに留まっているというのが、課題です。

 一方、もっと気軽な利用でも、子ども食堂は存在意義があるな、と思うようになりました。ちょっと家事を休憩したいお母さんが利用したり、たまには友だちと夕食を食べたい子が遊びに来たり、などの場合です。実際にやってみるまでは、子どもが食事をする場所なんて、ファミレスやフードコートなど、他にもたくさんあるじゃないか、たいして経済的に困ってない家庭を受け入れても子ども食堂として意味があるのか、などと思っていましたが、子どもが多少うるさくしたり、はしゃいだりしても、嫌な顔をされない。食べ終わった後、友だち同士でわいわい楽しい時間を過ごせる。その場にいる全員が、子どものことを優先的に考える。普通の外食とは全然雰囲気が違う、ということを、やってみて初めて感じました。子どもが過ごしやすい場所。子連れでもゆっくりできる場所。子どもに対してやさしい場所。そういう場所としても、子ども食堂は意味がある。逆に言えば、公共の場が、そうなっていないということが悲しいのですが…。

 子ども食堂を開所したばかりの頃は、近隣小学校で、「子ども食堂は、貧乏な子どもが行くところ」という説明を、先生がクラスにして、子どもたちにむやみに食堂に行かないように働きかけるという出来事もありました。経済的な面から、子ども食堂を利用せざるを得ない家庭の子が、もしそのクラスにいたとしたら、その子はどんな気持ちだったでしょうか。日本での子ども食堂という形態の支援には、ターゲットを貧困家庭に絞るというやり方はふさわしくないように思います。利用する家庭に“貧乏”のレッテルを貼ることになるからです。それよりも、普遍的に、子どもが安心していられる場所の一つとして、幅広く、様々な子どもや親子を受け入れられる居場所としてあるのが、よいのかもしれません。悲しいかな、そういった場所が、そもそも日本の街角には不足しています。

 

(2018年7月発行のニュースレターNo282より)