フィリピン・ストリートチルドレンと出会う旅2020報告会(オンライン)

フィリピンのマニラ首都圏には、路上に暮らすストリートファミリーや、家を飛び出し路上生活をおくる子どもたち=ストリートチルドレンが大勢います。彼らは、どうしてそんな暮らしをしているのでしょう。どんな毎日を送っているのでしょう。何を必要としており、実際にどのような支援が行われているのでしょう。

彼らが暮らす地域では、3月半ばから5月末まで、コロナ危機による都市封鎖状態が続きました。それは路上の子どもたちやその家族に、どんな影響を与えたのでしょう。

3月第1週に、マニラ首都圏でストリートチルドレンを支援する現地NGO5団体を訪れたスタディツアー「フィリピン・ストリートチルドレンと出会う旅2020 」の旅の案内人と参加者が、路上の人々の現実と、コロナ危機下での問題をお話しします。
★現地の路上で支援活動を実施するNGOスタッフとのライブ通信も予定。 
日時  6月14日(日)午後4時〜6時
        Zoomを使ってのオンライン報告会です。
        午後3時50分くらいから入ることができます。 
参加費   無料
申し込み 1人1通のメールで、氏名と「ツアー報告会参加」と書き、
       info@children-fn.com へ送信してください。
       報告会の数日前にZoomに入るためのリンク&注意事項を
       お送りします。
問合せ    上記のメールアドレスへ。   

メキシコ・ストリートチルドレンと出会う旅 2019 感想文2

祝原 聖矢(大学生)

 メキシコ、そこは私にとって成長の地であった。時は遡ること3年前、私は福島県立会津学鳳高校の生徒会長だった。当時の私には、「ストリートチルドレン」という言葉は聞きなれないもので、ジャーナリストの工藤律子さんのメキシコでの取材体験談に、私はいつの間にか聴き入っていた。公演後、私は少しの緊張と期待を胸に工藤さんがいる校長室に駆け込んだ。もともとグロバール人材育成プロジェクトという会津若松市の企画に参加していた当時の私は、工藤さんと様々なことについて話すなかで、いつか絶対にこの人のツアーに参加しようと、心に決めた。

 それから3年後の今年、私はメキシコの土を踏んでいた。人生で初めて訪れる中南米である。初日の私は、他の参加者と仲良くできるかどうかがとても不安だった。と言うのも、私の通う獨協大学からの参加者は私1人だったからだ。私は専修大学の宮田君と同じ部屋だった。彼は私より1つ年上ということもあり、とても頼もしい存在だった。彼と話す中で、他にも専修大学の子が参加していることを知り、何日か共に過ごす中で、私は彼らとも友人になった。他にも関西組(関西の大学からの参加者の女の子)たちとも仲良くなった。

 私は、CFFというボランティア団体にも所属しているのだが、やはり共通して思うことは、ボランティアは人と人を繋ぐということだ。今回も改めて、そう感じさせられた。深刻な問題に向き合い、皆で考えるということは、人を成長させる。今後もこのような機会が多い方なので、その機会は大切にしたい。

 私は、このようなツアーに参加すると毎回こんなことを思う。「もし、自分がこの国に生まれていたら?」。この問いは、いつも私を考えさせる問いだ。このスタディツアーでは、多くのNGOを訪問した。そこで出会った子どもたちは、笑顔が素敵な子たちだった。しかし、その裏には、必死に生きてきた過去があった。彼らはその過去と向き合っていた。まだ、あんなに小さいのに。本当なら両親に甘えたい年頃だろう。でも、ほとんどの子どもたちの親は、彼らを育てられない。なぜならば、親も子育ての仕方がわからない。子どもを危険な場所においているという自覚がないからだ。

 そのくらいならまだマシな方で、なかには性的虐待を受けている子どももいた。家が嫌で、殴られるのが嫌で、路上に飛び出していく。でもその路上には、子どもたちを喰いものにしている大人もいる。そんな大人たちに性的虐待や暴力を振るわれ、お腹が空き、どうしようもなくなった先に薬物がある。きっとその薬物は、極限状態の子どもにとっては、唯一の救いなのだ。そう見えてしまうのだ。ダメだとはわかっているのに、気づいたら薬物をティッシュに浸し吸っている。そして、それはいつかあたりまえになってしまう。これが、私が今回のメキシコで感じたことだ。

 子どもたちは、メキシコではあたりまえのように路上で生活したり、働いたりしている。日本では普段、目にしない光景だ。交差点で信号が赤になると、少年たちは洗剤とワイパーを持って車の窓を拭きにいく。それで、まともにアルバイトをするよりも稼げてしまう。そのお金は、薬物と生きていくための生活費に消えていく。そんな彼らとUNOというカードゲームをする機会があった。遊んでいる時も薬物は手放せないようで、私たちの目を少し気にしながら吸っている子もいた。罪悪感からなのだろうか、そんな彼らの顔は少し悲しそうだった。もし私がメキシコに生まれていたら、薬物をやっていないと言い切れるだろうか。私は自分自身に出したこの問いに、いまだに答えられないでいる。私と彼らは生まれた場所が違うだけなのだ。

 帰国して二週間が経ち、今思うことは、薬物を浸したティッシュを握っている彼らの手が、いつの日か彼らの大切な人の手を握っていてほしいということ。生きることが精一杯の毎日 に、少しでも心から笑える日が訪れてほしい。そして何より、自分の未来の可能性を信じてほしい。あんなに素敵な笑顔を持つ子たちなら、きっとみんなを幸せにできる。私はそう信じたい。

 最後に、このツアーを今まで続けてくださっている工藤さん、篠田さん、今回の通訳ボランティアの皆さんや訪問先で出会った子どもたちや職員の方々。そして何より一緒に参加してくれたみんな、ありがとう。

(2019年11月発行のニュースレターNo298より)