グアテマラ周産期事情 最終回

運営委員・久野佐智子                                                                       

 今回を含めて6回にわたって、グアテマラの周産期事情を紹介させていただきました。この国の農村部における妊娠と出産ケアの日本との違いには驚かされますが、そもそも「妊娠は病気ではなくて、人生のなかで日常に経験すること」という捉え方をされていることを知ると、グアテマラ方式もわかるような気がします。しかしながら実際は、妊娠によって引き起こされる病気もあれば、出産中の大量出血などもあり、やはり周産期には適切な健診と急変に備えた医療設備により、母と子の安全が守られます。

 一般的にはあまり知る機会のない妊娠期の異常ですが、皆さんは例えば「前置胎盤」について、耳にしたことはありますか。これは、胎盤が子宮の出口を覆ってしまう状態のことを言います。そのため、本来であれば赤ちゃんが出てくる道が、胎盤で塞がっています。そうなった状態の時にもっとも重大な問題となるのが、陣痛が始まると、子宮の収縮とともに胎盤が子宮から剥がれてしまうことです。赤ちゃんが生まれる前に胎盤が剥がれてしまうことは、赤ちゃんの生命線が絶たれてしまうことを意味し、そのような胎盤の剥がれ方をすると、大量出血を引き起こすことから母親にも生命の危険を及ぼします。この前置胎盤と呼ばれる状態の妊娠は、1000人の妊婦さんに3~6人の割合で起こるといわれています(日本産科婦人科学会)。決して少なくない数です。また、前置胎盤の時には、「前置血管」や「癒着胎盤」の可能性も高くなります。前置血管というのは、本来であれば胎盤から赤ちゃんのへその緒につながっている血管が、胎盤から外れたところにあり、卵膜という赤ちゃんを覆っている袋に直接くっついている状態で、しかもそれが子宮の出口にあることを言います。この場合も、破水をして卵膜が破れたり、子宮収縮の刺激で血管が破綻したりでもしたら、大出血となる危険性があります。そして癒着胎盤というのは、本来であれば出産後に自然と剥がれ落ちるはずの胎盤が、子宮の壁に入り込んでいる状態のことを言います。出産後、子宮は急激に収縮することで止血することから、もし胎盤が剥がれないと子宮が収縮せず、血管が破れたのと同様となり、これもまた大量出血の原因となります。

 このような出血の危険性のある状態でも、前置胎盤は、妊娠中に本人が気づくことはなかなかありません。そのため、ほとんどのケースでは、妊婦健診によって判明します。それも、超音波検査をすることでわかるのです。グアテマラでは例え妊婦健診をしても、胎児の頭の向きを確認したり胎児心拍を確認するくらいで、超音波検査は一部の限られた妊婦さんしか受けることができません。そうなると、もし前置胎盤や前置血管であってもわからず、予防のしようがありません。日本では健診でこのような異常が判明すれば、まず大きな病院を紹介され、そこで帝王切開が選択され、大量出血にも備えた処置がなされます。日本の周産期死亡率が世界的にみても最低レベルを維持しているのは、このように一人ひとりに対してきちんとした健診とケアを行っているからです。     

 しかしながら、異常を意識するあまり、病院で過度な医療介入が行われていることも否めません。出産の現場にいると、促進剤と呼ばれる子宮収縮を増強する点滴を使用する人の多さに、驚きます。安全を優先するあまり、過度な医療介入が指摘されている日本の周産期事情は、グアテマラのような途上国から学ぶこともあるような気がします。母子の命の安全は最優先事項ですが、多くの場合、妊娠は病気ではなく、また出産は、母子だけではなく家族にとって、人生の日常の延長線上にある経験となるのですから。

 グアテマラ周産期事情については、これをもちまして一旦終了致します。ありがとうございました。またご意見、ご質問等ありましたら、いつでもお待ちしております。

(2016年12月発行のニュースレターNo263より)

グアテマラの子ども その1

現地記者 ハイメ・ソック

 ダーウィン・ムニョス・ベラスケスくんは、13歳の少年です。16人兄弟で、彼は6番目に生まれました。グアテマラのウエウエテナンゴという地域の出身で、現在はケツァルテナンゴのカンテル市に住んでいます。彼の仕事は、山岳地帯のケツァルテナンゴと海岸地帯を結ぶ中距離バスの中で、ガムや飴などのお菓子を売ることです。ダーウィンくんに家族のことを聞くと、彼は目に涙を浮かべながら、「ママは胃がんで死んじゃったからいないんだ。ママが死んでからだよ、こんなに辛い思いをするようになったのは」。そう、語り始めました。「パパはすぐに別の女の人と結婚したんだけど、その人は僕に優しくないんだ」。今もその両親のもとに住んでいる彼は、途切れ途切れの声で、まるで心の内を表すかのように手を震わせながら、そう言いました。

 ダーウィンくんの朝は、6時の起床から始まります。毎日、1時間半かけて歩いて「職場」となっているバス停へ行きます。ダーウィンくんはうれしそうな表情を見せて「僕は、1日に50ケツァル稼ぐんだ」と、教えてくれました。これは、約6、7ドル(700円前後)に相当します。そして、そう言い終わったすぐ後に、また何か思い出したかのように暗い表情をして、どんな環境で働いているかを語り始めました。バスの運転手や助手、そしてそこで働いている大人たちが、彼を叩いたり、ある時には彼を痛めつけようと4人がひとりずつが手足をそれぞれ持って、四方八方に引っ張ったこともある、というのです。このような暴力の恐怖に怯えながら毎日過ごしているわけなのですが、何が起こっても、実際のところ誰もが見て見ぬふりをし、警察さえも助けてはくれません。

 彼は、このような日々の悲しみと苦しみを癒してくれる拠り所は、宗教にあると信じ、福音派のキリスト教会へ通っています。「パパとママが面倒を見てくれなかったから、僕は勉強しなかったんだ。学校には小学校2年生までしか通っておらず、できるのは最低限の読み書きだけです。そのような状況でも、神様がいつかきっと勉強ができるように助けてくれるはずだから、将来は牧師になるんだ」と、彼は大きな希望を抱いています。 

 グアテマラは中米の中でも、小さな子どもから10代前半の若者が最も多く働いている国だと言われています。最近の統計では、7歳から14歳までの子どもたちが50万人以上働いていることが明らかになりました。もし、18歳までの働く若者の人数を加えたら、その数字はおよそ100万人以上に跳ね上がるでしょう。このように働く子どもたちでも、その多くは学校に通っています。しかし一方で、ダーウィンくんのように途中で学校を辞めてしまい、仕事だけをするようになる子どもが多いのも、事実なのです。

(2016年11月発行のニュースレターNo262より)