読書会/著者と『マラス』を読む、語る

 
中米ホンジュラスで、ギャングになる子ども、若者たち。彼らがギャング団「マラス」に入る経緯や、彼らを異なる道へ導こうと必死で闘うおとなたちの姿を描いた『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社)は、当会の共同代表でジャーナリストの工藤律子と、運営委員でフォトジャーナリストの篠田有史が取材して綴ったルポです。

現代世界を生きる子ども・若者たちが抱える問題とその背景を、この本を通して、著者とともに考えてみませんか?読書会の後は、手作りの軽いラテンディナーを食べながら、更に会話を楽しみましょう。

日時  6月17 日(土) 午後5時~8時45分
場所   池袋/がんばれ!子供村 2階
参加費   700 円(学生500 円)  *ワイン&ジュース&軽いラテンディナー付
申込&問合せ  ストリートチルドレンを考える会 E-mail info@children-fn.com  へ件名を「マラス」として

飲食物の準備の都合上、できるだけ事前にご予約ください。 

ジュリアン が NHKで紹介 されました

※会員の有志で奨学金支援をしている、マニラの墓地に暮らす少女・ジュリアンがんばりが、4/3NHK「ニュースシブ5時」(4:50-6:10PM)、BS国際報道で放送されました。番組を見た会員の感想を紹介します。

瀬尾真志

本を読み、写真を見て、旅に出る

『マラス暴力に支配される子どもたち』を読み、外国人記者クラブで写真展《墓地に暮らす子どもたち》を見た。長くストリートチルドレンに寄り添っている工藤律子さんと篠田有史さんのレポートだった。いまこの子たちはどうしているのか。ストリートチルドレンへの関心が大きくなる。「マニラにいかなくては」「これはご縁だ」と、私は思った。今春、マニラ・ストリートチルドレンのスタディツアーに初参加した。

ツアー3日目の午後、私たち5名はジプニー(乗り合いタクシー)に揺られ、D地区の公営墓地へ向かった。マニラはどこへいっても子どもでいっぱい。墓地で子どもが元気に遊んでいた。途中でパン屋に立ち寄る。いつも工藤さんたちは、袋に菓子パンをいっぱい詰めて子どもたちに会いにいくのだ。

この墓地にはおよそ300家族、1500人暮らしていた。この8年間で6倍に増えたという。鉄の柵に囲まれた墓、積み上げられた石棺。貧しい人たちは親族を呼び寄せていた。ビニールシートや廃物を利用した家で、井戸水を汲み、炊事洗濯する。ちょうど夕飯の支度の時間で、あちこちで煮炊きの煙があがっていた。近くの電柱から盗電する。TVを見たり、インターネットゲームをしたりしている。墓石の間には、動物の骨や生活ごみがたまっている。歩くとしゃりしゃり音がした。お墓からお墓へ跳び移る。足元には十分注意がいる。踏み外すと大怪我をする。マンゴーの幹に階段が伸びる。木の茂みの中に家があった。

木の下のお墓にジュリアン(20)と母親フロリサ(38)弟カルロ(14)妹クラリス(12)らの家があった。工藤さんが1年ぶりの再会にハグする。「今度、ジュリアンがTVに出るのよ。私がインタビューするの」

この墓地には、「ドテルテ地区」と呼ばれるエリアがある。そこには「麻薬戦争」で殺された人々のお墓が増えているという。麻薬取引の容疑者となり、警察に睨まれ、簡単に貧しい家の父が殺される。大黒柱を失った家族の貧困がさらに加速する。悲しい連鎖を訊いた。

雨が降り出した。蚊が出てきた。帰りは電車で宿に帰る。ラッシュアワーに遭遇する。若い人の波。常夏の大都会、スーツを着ている人はいない。乗車率は東京の比ではない。おしくらまんじゅう状態だった。

ジュリアンを工藤さんがインタビュー

「放送は4月3日月曜日NHKのシブ5時」と、連絡があった。私は友人、家族、親戚に連絡した。どうしても路上生活者のくらしを知ってほしかった。私はその日、新宿にいた。3丁目のビックロ(家電衣料量販店)TV売り場にて、店員に事情を話す。60インチの大画面の前に折りたたみ椅子を出してくれた。私はリモコンを握り、放映を待った。買い物客は外国人ばかりだった。インドサリーの婦人、イスラム服の家族連れ、スーツケースを引くアジアのお客さん

5時半過ぎ、マニラレポートが始まった。ジュリアンは緊張している様子だが、落ち着いている。とても大人に映った。彼女が家の中を案内する。「私はここで寝ています」。本やノート、アルバム、お化粧品制服が映った。「NGOからの奨学金で短大に通っています」。工藤さんが初めてであった8年前、小学校での成績はトップクラスで、将来は先生になりたいと言っていた。「従妹の女の子は働きながら勉強ました。私も高校を卒業したら、墓地を出ていきたい、もっと別の場所で夢をかなえたいのです」。

ジュリアンは、高校1年のとき、クラスメイトの態度が変わったと感じた。どうしてあんな目にあったのかわからない。泣きたくなる毎日でした」。今、朝7時に起きて登校している。通勤ラッシュにもまれている。「将来、クルーズ船のシェフやホテルマンを目指すコースで学んでいます」。ジュリアンは、ここまで話すと、突然泣き出してしまった。

工藤さんは、ジュリアンになりかわって語っていた。「ジュリアンは、周囲との環境や感覚の違いに悩まされている。クラスメイトにわかってもらえない。まずは仕事を探して、墓地を出て、新たな生活を始めたい」「墓地にいる人びとは、それが普通だと思っている。外の世界との違いを考えない、気がつかない環境にいる。選択の余地を与えられない」

ジュリアンは勇気を出して、私たちに「こんな世界があるんだよ」と伝えてくれたのだ。

机の下で眠る

マニラから帰り、しばらく、私は勉強机の下に布団をひいて寝ていた。公園のバラックやトラックの車体の下で眠る子どもたちを、思い出していたのだ。家族のものはいぶかったが、説明はしなかった。夜中、机の板や脚に頭をぶつけて目を覚ます。敷居に頭をぶつけるのと同じくらい痛い。でもほっとする。安心する。子どものころ、かくれんぼして、押し入れの布団にくるまり眠りこんだ感じだ。

4月に入り、閉そく感が限界にきた。目の前はどうしようもない頑丈な楯。びくともしない壁。視界は絶望的だった。だか、ふと冷静に横を向く。丸まった靴下の玉が転がっていた。その先には漫画本を広げて眠る娘の顔。私は、身体をひねって机の下から抜けだした。まるでヤドカリが貝殻から引っ越しするように。我が人生は不動の壁に閉ざされていると思っていたが、前後左右はすっぽりと開いていた。ちょっと視点を変えるとひらけてくるのだ。「ジュリアン、頑張っていこう!

(2017年4月発行のニュースレターNo267より)