オンライン学習会「児童虐待はなぜ起こるのか?」の報告 第2回

 6月27日(日)午後2時からオンラインで開催された学習会「児童虐待はなぜ起こるのか?」の内容を、録画した学習会の音声を元に再現し、報告するシリーズの第2回です。 

          <総合司会>

     運営委員 松永 健吾

   <発表者>

    「児童虐待とは?児童虐待の現状について」   運営委員 松永 健吾

    「児童相談所との連携から見えてきたこと」   共同代表 野口 和恵

    「メキシコと日本で出会った子どもたち」   共同代表 松本 裕美

    「妊娠・出産・育児から考える児童虐待」    運営委員 久野 佐智子

    「実際に児童養護施設で働いていて」      運営委員 福田 利紗 

   <コーディネーター>             共同代表 工藤律子 

 第1回の「児童虐待とは?児童虐待の現状について」(発表者・松永健吾)と、各発表者の紹介に続いて、今回は「児童相談所との連携から見えてきたこと」(発表者・共同代表 野口和恵)の内容をご紹介します。

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<工藤律子>

 松永さんのお話で紹介されたグラフによると、近年、児童虐待に関する児童相談所への相談件数は、増えているということでした。そこで、社会福祉士で、子どもの支援現場で活動した経験がある野口さんには、本題に入る前にまずお聞きしたいのですが、そもそもなぜ児童相談所への相談件数が増えているのでしょうか?虐待自体が本当に増えているのですか?

<野口和恵> 

 実際に虐待件数自体が増えているかどうかというのは、断定しづらいところがあります。というのは、「児童虐待防止法」という法律ができる以前は、児童虐待というものが認識されてこなかったという事情があるからです。

 たとえば私が子どものころ、多くの家庭で体罰が当たり前のようにありました。その中には、心身に深刻な影響を与える虐待もあったのではないかと思いますが、法律ができる以前は見過ごされていた可能性があります。また心理的虐待は、目に見える暴力ではないので、法律ができたあとも虐待として認識されにくく、ここ数年になってようやく理解が進んできたように思います。

 このように、法律ができ、児童虐待への関心が高まることによって、虐待相談件数は増えていますが、潜在的には法律ができる前にも多くの虐待があったはずで、昔と現在、どちらが多いかを実証することは難しいのです。

 一方、自分が福祉の現場で働いてみて強く感じたのは、現代の親御さんは孤立しがちだということでした。昔は地域ぐるみで子どもを見るというようなところがあり、よその子でもごはんを食べさせてあげたり、悪いことをしたときは「それはダメ」と、しかったりできるくらの信頼関係があったように思います。そういった関係が希薄になり、親が孤立していることが、虐待をエスカレートさせることにつながっている気がしています。

<工藤律子>

 今触れてくださったような事情で、実際に起きている虐待が見過ごされてしまうのは、なぜなのか?子どもたちに支援がちゃんと届かないのは、なぜなのか?ということについて、具体的なお話を、野口さんに伺いましょう。

児童相談所との連携から見えてきたこと
<野口和恵>  
 私は、行政の現場で子どもの支援をしていた時に、教訓として感じたことをお話ししていきたいと思います。

 虐待に対応する機関というと、真っ先に児童相談所を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。「189(いちはやく)」という通報ダイヤルができたときは、 頻繁にテレビCMで告知をしていたので、それをご記憶の方も多いと思います。ただ、実際に虐待を受けている子どもやリスクがある子どもを支える機関というのは、次の図のようにたくさんあります。 


 児童福祉法では、虐待のリスクがある子、そして実際に虐待を受けて家庭で養育されるのが難しいと思われる子を、「要保護児童」と定義しています。要保護児童を支えるネットワークのなかには、子どもが通っている学校や保育所、福祉事務所や子ども家庭支援センターといった行政の機関、民生委員といった地域の方などがいます。このネットワークの中に児童相談所も入っています。また医療機関、教育相談室のほか、子ども食堂などの子どもを支える民間団体が、このネットワークの中に入って子どもをサポートしていることもあります。

 こういった支援機関同士は、何か子どもに気がかりなことがあったときに、連絡を取りあい、連携しています。さらに、定期的に会議を開いて、これからどうやってこの子をサポートしていくか、どうやってこの家庭をサポートしていくかを話し合います。この会議のなかで、よく「この子どもは早く児童相談所が保護すべきだ」という意見が出ることがあります。ただ、実際に子どもを保護するには、いくつもクリアしなければならない条件があります。

児童を保護するためにクリアしなければならないこと
 その条件は、大きく分けて三つあると、私は考えています。

 まず一つ目が、「子どもの意思」です。虐待を受けている子どもの心の中は、周りが思っているよりも、ずっと複雑です。もちろん親から暴力を受ける、ご飯を食べさせてもらえないということはとても嫌なことだし、つらいものです。それでも、お父さん、お母さんのことは嫌いじゃないという子どもは、すごく多いのです。実際に私が会って来た子どものほとんどが、そうでした。

 多くの子どもの願いは、家を離れてどこかに行くことではなく、親がいつも優しくしてくれることです。親と家で何事もなく暮らせることを、いちばんに望んでいる子が多いのです。

 また、知らない環境に移って生活することに、不安を持っています。児童養護施設では、優しい職員の方がいて、ご飯もきちんと出してもらえて、服もちゃんとそろっているけれども、家とちがって、まったく知らない子たちとの集団生活になります。赤の他人のなかでうまくやっていけるのかという不安は当然ありますし、保護されると、通っていた学校から転校しなければならず、それまでの友達関係もそこで途切れてしまう。それが嫌だという理由で保護されることを拒否する子どもも、少なからずいます。

 とはいえ、命に関わるような深刻な虐待があり、一刻も早く保護しなければならない場合があります。そんなときは、児童相談所の職員やほかの支援者が、「今のままでは、あなたにとってよいとは思えないよ」と子どもに話し、半ば説得するようなかたちで保護することもあるのですが、基本的には無理に保護することはありません。

無理に保護すると、子ども自身が保護された先で馴染めなくて、施設のなかで問題行動を起こしてしまうことや、自分は無理やり親から引き離されたと思い、かえって心の傷が深くなってしまう場合があるからです。ですので、子どもの意思というのは、すごく大切にされなければならないのです。
 二つ目は、親との関係です。意外に思われる方もいるかもしれませんが、虐待をしている親の多くが、子どもと離れたくない、子どもを手放したくないと言います。客観的に見ると、「虐待をしている親」でも、その人なりの子どもへの愛情を持っている人や、子どもは自分の生きがいだと感じている人もいます。虐待で亡くなった子どものニュースのなかで、よく親が「あれはしつけのつもりでやった」と話すことがありますが、実際に本当にしつけだと思ってやっているケースも、少なくないように思います。

 その場合も、本当に深刻な虐待の場合は、子どもの身の安全が第一ですので、児童相談所の判断で一時保護することができます。ですが、親が反対している場合は、親から引き離すことが妥当であるのかどうかが、家庭裁判所で審理されることになります。その時、明らかに虐待を受けていたという根拠を児童相談所側が出せないと、家庭裁判所の判断で、子どもは親の元に戻されます。

 一度でも児童相談所と対立してしまうと、親は児童相談所の職員のことを、自分から子どもを奪っていく人たちだと認識し、ほかの支援者もその人々とつながっている信じられない人だと思ってしまいます。そうすると、本当に誰もその家庭とは関わりを持てなくなり、そのなかで虐待がエスカレートしていくという最悪のケースを招くことがあります。そういった点で、児童相談所は親との関係についても、すごく慎重になりながら、それぞれのケースへの対応をすすめています。
 三つ目に、そもそも施設のキャパシティが少ない、という問題があります。令和2年度の厚労省の統計では、児童養護施設の定員は約3万人です。それに対して、児童相談所が対応した虐待相談件数は、約20万5000件です。すべてが保護を必要とするケースではないとしても、児童養護施設のキャパシティは少ないといえるでしょう。

だから、保護されるケースというのは、本当にリスクの高い虐待に限られてしまうのです。
 私が担当した深刻な虐待ケースのなかでも、児童相談所が一生懸命空いている施設を探してくれたものの、どうしても空きがなく、保護が先延ばしになったことがありました。最終的にはその子は保護されたのですが、それは虐待によって重傷を負ったあとのことでした。人口が多い都市部などでは特に、施設のキャパシティが大きな問題となっています。

「児童相談所におまかせ」では虐待死・児童虐待は防げない
 こうした経験から、私は「児童相談所におまかせ」では、虐待死や児童虐待を防げないと考えています。施設のキャパシティの問題もありますが、まず児童相談所の職員自体が、人手不足です。1人当たり100件ぐらいケースを抱えていることも当たり前になっていて、すごくストレスの多い仕事ですので、心を病んで辞めてしまう方も少なくありません。担当ケースが多いので、どうしても子ども一人当たりに割ける時間は少なくなり、子どもに会いにいけるのは、何か問題が起こり、通報があったあとになってしまうことが多いのです。

 ではそんななかで、どうしたら児童虐待を防げるかというと、ポイントは地域の大人の存在だと思っています。

 たとえば、児童館や子ども食堂など、大人が運営している場所に子どもが楽しく通えていたら、とてもいいと思います。そうではなくても、近所の人が何かと声をかけてくれ、子どもを見守ってくれる環境があればと思います。子どもは大人から優しく声をかけられることで、救われたような気持ちになることもありますし、何か困ったときには「この人に言ってみようかな」という気になるかもしれません。そして近所の人が虐待に気づき、通報したことで、子どもの命が救われることもあります。

 あともう一つ、親への心配りというのも、本当に大切だと思っています。私が支援者だったときは、虐待の加害者である親御さんともよく話をしましたが、話しているとすごく真面目なところや、子ども思いの部分があることに気づきました。ひとりで子育てを頑張っていて疲れてしまう、子どもが自分の思うように育っていかない、だからモヤモヤして子どもに当たってしまうというケースも、多いように感じます。

親御さんに対しても、近所の方が、「お子さん、かわいいですね」とか「いつも頑張っていらっしゃいますね」とか、あたたかい声かけをしてくれたら、その日一日だけでもモヤモヤした気持ちが収まって、子どもに優しくなれるのではないかと思います。そして、その積み重ねが、これから起こるかも知れない虐待を防ぐことにつながるのではないかと感じています。

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