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ニュースレター

ストリートチルドレンと出会う旅2013 参加者感想文

2015/01/14 15:05:26 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

角 智春(大学生) 

はじめに、旅の案内人である工藤律子さんと篠田有史さん、また上西和美さん、福間真央さんをはじめとする通訳の皆さん、本当にお世話になりました。素敵な大人の方々の存在により、私ひとりでは感じとりきれなかったであろう諸相に気づくことができ、この旅が豊かなものとなりました。これから時間をかけて、この旅で経験したことの意味を考えていきたいと思います。

 

子どもたちは、旅の前に予想していたのとは全く違う様子だった。

10代の子たちはみな落ち着いて接してきてくれたし、とても優しかった。自分の玩具を、「あげる」と差し出してくれた少年がいた。「でも、これは君にとって大切なものなのではないの」と問うと、「だからこそ、あげるんだ」とその子は答えて笑った。また別のとき、すこし頭痛がして、私がこめかみを抑えたり首をまわしたりしていると、その様子を後ろから見ていた少年が近づいてきて、肩を揉んでくれた。私は驚いて振り返り、慌てて「ありがとう」と言った。施設に押しかけてきておいて、勝手に疲れを外に見せていた自分が恥ずかしかった。だが同時に、少年の無言の気遣いが胸に響いた。

幼い子たちは、思うままに感情を発現してくれることが多いので、逆にそのことが一人ひとりの性格の違いを浮き彫りにしていた。すごく元気で人なつっこい子がいる一方、私の呼び掛けにほとんど見向きもしてくれない静かな子もたくさんいた。 

NGO「オリン・シワツィン」でシングルファーザーのヘスースさんのお話を聞いていた最中のことだった。メキシコでは父子家庭に対する理解が浅く、ひとり親の性別が男性であるというだけで法的支援が行われなくなる。ヘスースさんはこういった不条理のなかでも、この保育所を通して自分と似た境遇の父親たちと出会うことで、父親としての責任をもって息子と生きていこうという気持ちを強めた、というお話をしてくださった。印象的だったのは、「我が子により良い人生を送らせてあげたい」と語るお父さんの背中にくっついて、私たちの方をニコニコみつめている息子さんの、その愛らしい笑顔が本当にかわいかったこと。その子は、私たちが同NGOの保育所を訪問して最初に子どもたちと顔を合わせたときに、人一倍の笑顔で¡Hola!(こんにちは)と挨拶してきてくれた子だった。前向きにこれからの人生を語る親の傍らで子どもが明るい顔をして目を輝かせている、という風景は、親子関係や生活環境が子どもの内面に深く反映されることを示していた。

 メキシコで、私は思わぬ問いに数多く直面することとなった。それらは、日本では考えることのない、考えることを切実に迫られることのない問いである。「自分とは」、「家族とは」、「愛とは」。普段見ようとしない部分を掘り返すような作業であり、うまく意見を言葉にできない。

愛について考えるワークショップで、NGO「カサ・アリアンサ・メヒコ」の施設に暮らす、ある少年が言った。「愛とは、まず自分に向けるべきものである。自分を愛することができなければ、他者を愛することはできない」。その言葉を横で聞いたとき、私は「自分を愛することが一行為として意識されてしまっている現実の重み」を、はじめて身をもって実感した。愛するという行為を意識してつかもうとすることや、愛を「やりとり」という枠組みに流し込んで考えようとすること、もっといえば愛に対してそういう距離感を持つことがあるという事実は、私にとって相当衝撃的なことだった。

 NGO「プロ・ニーニョス」のスタッフの案内で路上を歩いていて、ある古い建物と広場の横を通り過ぎた。そのとき、スタッフが言った。

「ここで活動をしているNGOがあります。そのNGOは、路上生活者に対して無料で食事を提供しているのです。私たちはその活動に反対します。なぜなら、そのようにして路上でも生活ができる環境を与えることは、路上生活をやめなくてもいい状況を作ることであり、路上から抜け出そうという意思が芽生える機会を摘んでしまうことだからです」

「ですから、NGO同士でもっと連携して、生産的な活動を行っていかなければならない。私たちは、いままで何回も呼び掛けを行ってきました。ですが説得は難航しています。それぞれに信条や哲学がありますから、それを変えろと言うのは、非常に難しい」

 人の善意というのは、感情や情熱の部分だけで前進させていこうとすると、思わぬ倒錯を招く。もちろん、ボランティアには、まず根底の部分に切なる気持ちが必要である。しかしその運営のなかには、持続可能性や安定性に欠けているもの、またこの例のように近視眼的な見通ししか持てていないものが多いことも事実だ。

 NGO「カウセ・シウダダーノ」の青少年コミュニティセンターの壁には、彼らの活動方針を象徴している絵がある。その絵には心臓が描かれていて、その心臓を根として木の幹が伸びる。葉が茂る枝の部分は、脳の形をしている。木からは実が落ちて、それが街中に均等に降り注ぐ。「こころ」という原動力が「知力」とつながって初めて、「恩恵」や「しあわせ」が公平に分配される。心臓と脳のどちらか一方でも失われれば、活動には偏りが生まれてしまうということを教えられた。

 メキシコシティは、信仰にあふれている。キリスト教世界に生きる人々は、ごくふつうの価値観に基づいて、弱者の救済や施物を行おうとする。そのような社会でボランティア活動を進めていくのは、日本とはまた質の違う、激しい葛藤を伴うのだと思う。

リジッドな(硬直した)もののうえには、このようなボランティアは上手く進んでゆかない。熱く先走っていく心を抑えながら、日々積もる不安と焦燥を克服しながら、冷静に活動の適否を判断したり、子どもたちの心の機微に注意深く寄り添おうとしたりする。今回の旅で出会った施設のスタッフの皆さんは、そういう大人ばかりだった。

 旅の中日には、スラムを訪れた。工藤さんと篠田さんの古い友人である、住民組織のリーダー、マヌエルさんの住むところだ。

一様に四角くて屋上のある家々のなかのひとつが、マヌエルさんのお家である。中に入って最初に思ったことは、「ひ、広い……素敵……」。二階部分のみが家になっているというワクワク感(?)、大型液晶テレビ、おしゃれなスピーカー、広いリビング・ダイニングに並ぶソファ(このソファには、私がテキーラを飲みすぎて酩酊した際にお世話になりました。ありがとうございました)。それぞれの部屋は壁がカラフルに塗り分けられている。窓からの自然光が部屋に親密で落ち着いた雰囲気を与えていた。リビングの壁に、革命家チェ・ゲバラとサパタの肖像が。

テーブルに着いて、写真を見ながら、マヌエルさんのお話を伺う。このスラムが、最初は道も通っていない樹林だったこと、そしてマヌエルさんたちも、生活しづらい簡素な家(小屋)に住むしかない時期を長く過ごしていたことを知った。一からまちをつくり、住みよいものへと整備していくという、途轍もないスケールの作業は、当事者以外想像を及ばせることができないほどに、困難なものである。しかしマヌエルさんはそれを果たした。私は、目の前で静かに微笑むその人の、背負っている人生の途方もなさ、歴史の厚みに、相槌を打つこともできないほど圧倒されてしまった。その場では言葉が出てこなかった。

マヌエルさんは読書家なのだという。私も本が大好きなので、「どのような種類の本をお読みになるのですか」とお訊ねすると、「歴史です」と。革命家の伝記を読むことが、困難に直面したときの自分を賦活してくれる。その言葉に、また、色々なことを考える。

メキシコのスラムは、その発展度合の差が激しい。自発的に動かない限り、生活水準の引き上げはおろか、最も基本的なインフラストラクチャーを使用することすらできないのだと、工藤さんに教えてもらった。マヌエルさんは、熱い意志を持ち、「互いの人生の向上を願って、拓きあい、支えあう」共同体のリーダーとなった。これほどの理念に貫かれた共同体は、他に見つけることが難しいのではないか。彼の家で私たちを歓待してくださった方々の暖かい人柄に触れて、「こんな風な素敵なコミュニティで暮らしてみたい」と強く思ってしまった。皆さんの、「うちに住みなさいよ」というお言葉に甘えてしまいたい。この日のことは、旅のうちで最も強い記憶として残った。 *このスラムについては、工藤律子著「仲間と誇りと夢と」(ジュラ出版局)参照

 

以上で、私の旅の振り返りを終わります。メキシコで目にしたことや考えたことは、日本に帰ってからも様々な場面で思い返しています。ありふれた感懐ではありますが、私が日本から見ていた「世界」には、実は、その内側に考えもしなかった構造が幾重も折り重なっていたということを、やっと理解しました。それを知ってしまったあと、今まで考えてきたことをまた今まで通りに考えることは難しいです。

 

 

旅の最終日にバスの中から、山並にそって延々と、ほんとうに延々と続くスラムの景色を眺めていると、それが社会を見る枠組みのなかでとても「例外」として片付けることのできるようなものではないことが、痛いほどに感じられました。表面を上滑りするような軽々しい響きしかない「グローバル人材」よりも、「そこでしか生きる手立てがなく、目の前の仕事にとりあえず尽力しないと家族の生活が破綻する」状況のなかで日々を粛々と生きている人たちのほうが、よっぽど逞しいし、(過激な表現ですが)存在意義があります。それだけは確信をもって断言します。冒頭にも書きましたが、これを単なるメキシコの記憶として留めることなく、長い時間をかけて考え続け、たくさん勉強しようと心に誓いました。

  

(2013年11月発行のニュースレターNo226より)