01_hed_logo
メキシコ・スタディツアー:20回実施
フィリピン・スタディツアー:8回実施
  • 01_hed_tw_icon
  • 01_hed_fb_icon
  • お問い合わせフォーム
会窓口:〒112-0001 東京都文京区白山3-4-15 JULA出版局内

ニュースレター

真夏のチャリティ・ラテンパーティ報告

2015/01/14 15:01:13 ニュースレター
96
ストリートチルドレンを考える会

運営委員 萩原望見

8月10日、会場には、広島の語り部である天野文子さんにお越しいただきました。当日は、小学生や中学生の姿もあり、合計で29名の参加となりました。ありがとうございました!

 

「生か忘却か~ヒロシマを問う旅~」

そう書かれたスライドショーの画面を背景に、大切なことを忘れないこと、そして生き残った責任を果たすこと、つまり天野さんにとって原爆やヒロシマについて語ること、それが「生」を選択することであると、力のこもった言葉から、お話が始まりました。

 

 

1945年の8月6日、当時14歳だった天野さんは、兄の入院のために、母と兄とともに3人で島病院(爆心地)へ向かう予定でした。ところが病院側の都合により、当初の予定より一日遅れの翌日に、島病院へ入院することになったそうです。そのため、天野さんは、6日の朝、島病院ではなく、当時学徒動員により務めていた工場へと一人向かい、その工場で原爆の瞬間を迎えたのでした。

 

「ピカドン」と例えられているように、天野さんもまた、工場で激しい光とともに爆風を受けました。幸いにもそこで一命をとりとめ、工場の外へ出てみると、ヒロシマは一瞬にして焼け野原と化していたのでした。もし入院の日が予定通りだったなら、自分も母と兄と3人で島病院で死ぬはずだったとの思いから、「ごめんなさい。私も死ぬはずだったのに」と無意識のうちに拝みながら、焼けたヒロシマの町を歩いていたそうです。

 

天野さんは、当時の町や死体の様子が描かれた数枚の絵を紹介しながら「まさにゆうれいの行列だった」と表現していました。一瞬にして焼け焦げた人間の体はまるで木の枝のように見えたそうです。

 

お話で印象に残ったのは、一つひとつの言葉だけではありません。両親の話をしようと思うと体がこわばると言って、両手をきつく握る様子や、ヒロシマに年はない、つい昨日の出来事のように思い出されると話した時の表情は、本当に目の前に当時の光景を見ているかのようであり、大変印象に残っています。

 

天野さんは今回、このような戦争や原爆の経験談にとどまらず、福島の原発事故や原子力発電のことについてもお話してくださいました。その話には一貫して、歴史を知って、今を生きる私たちがどうすればよいのか考えよ、という強いメッセージが込められていました。

 

戦争というのはすべてを×(ばつ)にするのです。見ざる言わざる聞かざるというように、見ることも聞くことも話すことも許されない時代、つまり、考えることが×(ばつ)の時代なんです。

 

これは、天野さんが戦争当時の様子について語った言葉です。戦時中、海外について知ることや、日本の当時の「本当の」状況について知り、「正しいのか、おかしいのではないか」と考えることは、許されていなかったそうです。当時は正しいか正しくないかに関わらず、軍や政府の決定に従うだけでした。

 

その一方で現在、日本では書籍やインターネットを通じて多くの情報を得ることができます。また自ら考えたことを発言することにも、ほとんど規制がありません。しかし、私たちは子どもたちの未来や日本の将来について、考えているでしょうか。参加者の中からも、情報が公開されているにも関わらず、私たちは知って考えようとしていないのではないか、選挙でも受け身になっているのではないか、という意見がありました。

 

ヒロシマの原爆によって数十万人が死亡したと言われています。天野さんは、この「数十万人」というような数字で表現することに、違和感を抱いていると仰いました。それは、被害にあった方も一人ひとり一生懸命に生きた尊い命であるにもかかわらず、名もない人であるかのように扱われているからだそうです。

 

私は、事故や出来事をこのように「数字で表す」かどうかについて、ほとんど考えたことがありませんでした。しかし、今回お話を伺い、数字で表されると、その事故や出来事は自分の手には負えないほど大きなことであり、自分には遠い出来事のように感じてしまうのではないかと思いました。そして、その出来事と自分との距離感が「無関心」につながるのではないでしょうか。

 

どうしたら自分とはかけ離れたように感じる出来事に関心を持って、真摯に向き合えるのでしょうか。今回の天野さんのお話やその後の座談会を通じて個人の経験や体験を共有し合うことよって、日本で起きていることや世界で起きていることを、より身近に捉えることができると感じました。知ろうとする姿勢がいかに重要か、そして、知っていく中でいま生きる自分が何をしたらいいのか、何ができるのかを考え続けることがいかに大切であるかに気づかされるイベントとなりました。

 

(2013年9月発行のニュースレターNo224より)