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ニュースレター

秋のチャリティ・ラテンパーティに参加して思うこと

2016/01/30 11:11:26 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

筒井 保治

 私はIFCAという団体で、日本とアメリカのフォスターユース(社会的養護の当事者)が協働して児童福祉の向上を目指す活動をしています。私自身も中学2年生の夏から中学卒業までを、児童養護施設で過ごした経験があります。自分の経験から、社会的養護について多くの人に知ってもらい、誤った認識や偏見の目を変えていきたい、また日本の児童福祉を良いものに変えていきたいという思いで、活動しています。

 活動の中で、ストリートユースの国際会議に出席する機会をいただき、実際に各国のストリートユースの声を聞くことで、私自身ももっと世界の現状を知りたいと思うと同時に、国によって子どもたちが抱えている問題は違っても、「子どもの権利を奪われている」という点で、世界共通の問題があると感じました。そこで、メキシコのストリートチルドレンについて学ばせていただければと思い、このパーティに参加させていただきました。パーティで、今年のメキシコツアーに参加した方のお話を伺って、特に印象に残ったことを書かせていただきます。

 まず、現地NGOのエデュケーターの方たちの、「子どもの意思を尊重する」という姿勢を、素晴らしいものだと感じました。エデュケーターが、子どもを単に施設に連れて行くのではなく、地図を渡したり案内をしたりしながら、子どもに自らの意思と選択で施設に行ってもらう、というものです。おとなや支援者の立場からすると、子どもを保護し、路上ではなく施設等の建物内で生活をしてもらうことが最良だと考えるのは、ごく自然なことだと思います。私もそれが間違った認識だとは思いません。しかし、子どもの立場からするとどうでしょうか。

 私が感じたこととして、子どもの立場からすると、仮に施設に連れて行かれたとして、入所した施設がどういう施設かもわからない、周りは知らない他人ばかりの環境に突然置かれることは、大きな不安が付きまとうものです。おとなでも知らない人だらけの環境に、突然ポンと置かれたら、多かれ少なかれ不安になると思います。日本でも、施設に措置されたことによって、おとな目線では、「安全・安心な生活がひとまず確保できた」と捉えるのかも知れませんが、子どもにとっては不安やストレスが付きまとい、「地に足の着いた生活」がなかなか難しいものです。おとな側の判断で施設に入所させることも時には必要だと思いますが、しかし、子どもの声を聞き、子どもの自己判断で施設入所を希望し、入所することで、子どもの気持ちも違ってくると思います。

 おとなはどうしても子どもを「子ども」として捉えてしまいがちなので、判断力や決断力がないと見てしまいがちだと思います。子どもの決断の手助けをすることも必要だと思いますが、子どもの意思を尊重することも大切だと感じました。路上にいる子どもたちを定期的に訪問し、話しをすることで、関係を築いていくことも、重要だと思いました。

 定住施設での様子についてお話を伺い、工作やスポーツ、遊びなどのプログラムを通して、様々なことを知ることはとても良いことだと感じました。ストリートで育つ子どもたちは、いろいろなものごとに触れたり知ったりする機会が、一般家庭の子より不足していると思います。さまざまなものを知ることで、そのなかから趣味や興味のあることを見つけたり、視野を広くもつこともできると思います。プログラムの直接的な意味だけではなく、寂しさからくる麻薬への依存をなくす、気をまぎらわせるという意味合いもあると伺って、日常的な麻薬依存からの脱却支援としても、良いことだと思いました。性についても、人形劇などを使って教えているのは、子どもにもわかりやすく伝えていて、良いと思いました。

 YouTubeで、ストリートギャングを経験した若者たちが、ラップを通して自分たちの声を発信しているのもみましたが、それもとても良いことだと感じました。若者たちの声を多くの人に知ってもらうのと同時に、同じような経験のある若者に対しても、自分と同じ立場にあった人たちの活動によって活力を与えることができると思います。日本では、若者が声をあげる場があまりないように感じていますが、若者の声を伝える方法として、ラップという堅苦しくなくキャッチーなものを使うのも、方法の一つであると感じました。日本にも、「社会的養護」に対する誤った見方や偏見の目、そもそも知られていないといった問題はあります。まずは多くの人に問題を知ってもらうことが大切だと思います。

 最後に、私的なことをはさんで恐縮ですが、今年6月、ロンドンで行われたストリートユースに関する国際会議に出席する機会を得ました。世界各国からストリートユースの問題に取り組む支援者や専門家、またストリートユースの当事者が集まり、各国の抱えている問題や、必要な政策や支援の在り方についてディスカッションし、問題解決の道を探るものでした。

 私はインド、ケニア、イギリス、タンザニア、フィリピンのユースと一緒に登壇し、日本の社会的養護の当事者が、措置解除後に抱える困難についてスピーチさせていただきました。また、各国のユースからは、それぞれのライフストーリーを交えて、「必要な支援」についてのスピーチがありました。その中で、必要な支援の在り方について、抱えている問題は違っても、「共通の声」が挙がってきました。

「自分のことを見てくれるおとなの存在が欲しかった」という声です。先進国も発展途上国もあり、またユースが置かれている状況も違います。しかし、挙がってくる声は同じなのです。実際、支援というと、住居の確保や就労支援、教育といったものが思い浮かぶ方も、多いと思います。私自身も日本では「信頼できるおとなの存在」の重要性を感じていましたが、海外のユースが必要としている支援については、違うものなのかなと想像していました。もちろん、衣食住や就労、教育といった支援も必要です。しかしその前提として、信頼できるおとなの存在や継続的な関係性が必要だと改めて感じ、それが各国のユースの共通の想いであることを知ることができました。

 ストリートチルドレンも各国固有の問題として捉えるのではなく、グローバルな問題として考えていかなければならないと思います。

(2015年12月発行のニュースレターNo251より)