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ニュースレター

フィリピン・ストリートチルドレンと出会う旅2015 参加者感想文

2015/04/18 20:42:59 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

山本瑠々花(高校生)

 私は高校1年生の時から、学校の「総合の時間」のテーマとして、「ストリートチルドレン」について研究しています。それは工藤さんの『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)をいう本を2年ほど前に読む機会があり(内容はストリートチルドレンというよりはむしろ、メキシコのスラムの話でしたが)、そこからメキシコの人々に興味がわき、なかでもストリートに暮らす子どもたちの状況にはとても驚いたからです。そこには自分と同じ世代の子どもたちが、様々な子どもの権利を剥奪され、危険と隣合わせで暮らしている現実がありました。私がのうのうと暮らしている今もそんな生活を強いられてしまっているのかと思うと、彼らを助けるためにはどうしたらいいのだろうという漠然とした疑問が湧きました。そこで「総合の時間」の最初のテーマを、「ストリートチルドレンの心を救うために」に決めました。そして、より彼らのことを知るために、このツアーに参加させていただきました。

 今回のツアーは、自分の意志で海外に行く、初めての機会でした。しかし、定期テストの関係でひとりだけ一日遅れでの参加だったので、実質的には5日間の活動でした。どの日もストリートチルドレンに関する施設や団体をまわり、お話を聞き、施設の子どもたちや実際にストリートにいる子どもたちと交流しました。

 そこで初めに感じたことは、自分がどんなに「無知」であったかということです。ここでの「無知」と言うのは、単に知識がないということではありません。私は1年弱、ストリートチルドレンについて本を読んだり、人の話を聞きにいったりしながら、自分なりに彼らについての知識を深めてきたつもりでした。そして自分なりに、彼らを救うためにはなどと、結論を出して、まとめていました。彼らについて知っている気でいたのです。ところが、ツアーで最初の訪問先に向かっている時、ジプニー(フィリピン風の乗り合いバス)に乗ろうとしたところ、いきなり、ストリートチルドレンと思われる女の子に腕をつかまれて、私はびっくりして振り払ってしまいました。その時はっきりと、「怖い」と感じてしまったのを覚えています。

 日本で調べている時はあんなにも「彼らを救う!」などと言っておいて、実際に会ったら怯えてしまっている自分がいました。1日目にして、「道で横たわっていたり、物乞いをしている子どもたちのことを、自分は安全で何不自由ない日本で、紙の上だけで何を語っていたのだろうか」と思い、恥ずかしくなりました。「怖い」と感じている時点で、私は彼らについて本当の意味で理解していなかったのだということを、痛感しました。

 その後、「チャイルドホープ・エイジア・フィリピン」のストリートエデュケ-ションに2度、同行させていただきました。初めはとても緊張していたのですが、子どもたちはとてもフレンドリーで、苦手そうな英語も片言ながら話してくれて、とても嬉しかったです。自由におしゃべりをしながら、彼らは笑顔で自分の夢や好きなこと、欲しい物、行きたい国などを話してくれました。日本についてもたくさん聞いてくるため、私は一瞬、彼らがストリートチルドレンであることを忘れてしまっていました。しかし、後から彼らのほとんどが、家庭問題などにより家を出て、路上で暮らしていると聞きました。

 施設に暮らす子どもたちとも、数回にわたって交流しました。そこにいる子どもたちは大半が、元ストリートチルドレンや、家庭環境に深刻な問題を抱えていて保護された子たちです。路上に比べて年齢が高い子が多く、ほとんどが私と同い年くらいだったので、さらにたくさんのことを話すことができました。

 その中でも一番印象に残ったのは、NGO「バハイ・トゥルヤン」でジュニア・ファシリテーターから話を聞いた時です。彼らはスラムや施設からスカウトされ、職業トレーニングをしながら、「バハイ・トゥルヤン」でファシリテーターとして働いているティーンエイジャーのスタッフです。彼らと交流する中で、決して生活は楽ではない彼らでさえも私たちと同じように、いやそれ以上に、ストリートチルドレンについて考えていることを知りました。そして、その中から、自分が恵まれている面を見い出し、ありがたみを感じながら活動していました。

 ファシリテーターである18歳の女の子が、「ストリートエデュケーションに関わることによって、自分以外の貧しい子どもたちの存在に気づいたし、ストリートエデュケーターという仕事を通して、子どもたちに何か教えるだけではなく、私たちが子どもたちから学ばせてもらっている」と言っていました。人に与えることと同時に、自分にとって価値のあることを見い出し、掴み取ることができる。まさにそれこそが、本当のボランティア、支援の形なのではないでしょうか。

 このようにストリートチルドレンやスラムの子たちと交流していくなかで、彼らに対して私がやれること、やるべきことは何なのかということを、考えさせられました。どんなにお金を寄付しても、「経済的に貧しい人々」は、この資本主義経済主体の世界が変わらない限り、なくなることはないでしょう。これまで私は、「貧困」という問題が様々な不幸を呼び、ストリートチルドレンを生み出してしまうという前提の上で、解決方法を探っていました。しかし、「貧困=不幸せ=ストリートチルドレン」という図式は、必ずしも成り立つわけではありません。なぜなら、貧しいながらも家族を大切にし、幸せそうに生きている人たちに、今回出会ったからです。

 「お金があるから幸せ」というのは正しくないと、誰もがきっと知っていることでしょう、しかし本当の意味でこれを間違っていると考え、その考えに沿った行動を実践している日本人は、とても少ないと思います。「でも実際のところ、貧しい国にお金の援助をしているじゃないか」。表面的には確かにそうです。でも今のように、(経済的に)上にいる私たちが生み出したお金を下の人たちにあげている、という意識が少しでもあるかぎり、「支援」という活動によって世界の格差がなくなることは不可能だと思います。それでは果たして何のために、私たちは支援をする必要があるのでしょうか。貧しい人たちが生きるため?最低限度の生活を守ってあげるため?それは違うと思います。その答えは、「子どもたちの選択肢を広げるため」です。

 なぜ「子ども」なのでしょうか。なぜなら、フィリピンという国には、ストリートチルドレンを生み出してしまう、たくさんの要因があるからです。それは街を歩いているだけでも十分に実感することができました。日本にもないような大きくて綺麗な建物の周りに広がる、たくさんのスラム街。そこから、急ぎ過ぎで偏った経済発展と、深刻な貧富の差を感じました。しかし、それを変えることができるのは、今の大人ではなく、現代の子どもたちなのです。

 彼らには、未来を創る権利があります。しかし、その権利も、選択肢が狭まることによって見えなくなってしまっている場合が多いことを、知りました。私には未来へのたくさんの選択肢があります。それは私が彼らより秀でているからではありません。ただ、今の家に生まれたから。ほんの少し生まれる場所がずれていただけなのです。けれども、過去も現在も、そのような理由で人は人を見下してきた現実があります。私とストリートチルドレンに優劣なんてありません。ただ選択肢の多さに違いがあるだけなのです。支援をする側はそれを理解し、自分が無意識に立っている「台の上」から降りなければなりません。そして、私は支援をすることは、運よく選択肢を与えられた自分の義務だと考えます。

 このツアーの経験を通して、ストリートチルドレンや貧困への支援は、もう私にとって「どこかで誰かが解決してくれる世界の問題」ではなくなりました。いまや「友だちの将来の危機」ととらえています。確かに自分のことだけを考えて生きていくのならば、見て見ぬふりをするのは実に簡単なことだと思います。でもこれからの日本をつくっていく私たちが、今と同じでいいのでしょうか。これから大人になっていくにあたって、どんどんグローバル化が進んでいくことでしょう。それにともなって、世界の問題を自分たちの問題として捉えていくかどうかは、私たち次第なのです。

 貧しいから、ストリートチルドレンだから、スラムに住んでいるからということを、彼らが未来を自由に創造できない理由にしてはなりません。これからは、貧しいというだけで未来の可能性を想像することのできない子どもが一人でも減るように、過去にひどい目にあったからといって自分の存在意義を見失う子どもが一人でも減るように、祈るだけでなく、子どもたち一人ひとりの状況をしっかりみて、どうすればいいのかを考えていきたいです。

(2014年4月発行のニュースレターNo243より)