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ニュースレター

ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレンとして生きる 〜若者の声を伝えるプロジェクト〜

2015/01/23 23:20:55 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

 運営委員・野口和恵

国際移住機関によると、日本人とフィリピン人の間に生まれた子ども、ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン(JFC)が、フィリピン、日本両国で10万人から20万人いると推定されています。その多くが、フィリピン人のお母さんと日本人のお父さんの間に生まれた子どもです。そのなかには、両親といっしょに幸せに暮らしている子どもがたくさんいます。しかし、一方では、さまざまな理由で両親の関係が破たんしたり、理由が分からないままに突然日本人のお父さんとの連絡が途絶えてしまい、母子がフィリピンに取り残されてしまったケースもたくさんあるのです。

 

JFCネットワークは、1994年に設立され、以来20年間、父親に養育放棄されたJFCたちの人権を守るための活動、父親さがしをおこなっています。

 

 日本人の父親に養育放棄されたJFCについて、1990年代には、テレビなどのメディアに取り上げられることもありました。その大半は、どちらかといえば、母であるフィリピン人女性と父である日本人男性の関係がクローズアップされたものでした。そうした報道を見て、弱い立場に置かれたフィリピン人の母親や父親不在で育つJFCの存在に心を痛める人もいる半面、あくまで男女間のプライベートな問題として、とらえられることも多かったようです。 それでも、JFCたちは親を選ばずに生まれ、生きてきました。

 

JFCネットワーク設立当時、生まれたばかりだった子どもは、二十歳の成人を迎えています。(ちなみにフィリピンでは、18歳から成人です。)

 

 もともとJFCネットワークに相談を持ちかけるのは母親で、内容は養育費に関する相談が中心でしたが、ここ数年は、JFC自身からの相談が増えています。フィリピンにいるJFCからの相談もあれば、日本で生まれ育った、またはフィリピンから日本にきたJFCからの相談もあります。置かれている状況はさまざまですが、相談内容はみな「父親をさがしてほしい」、「父親に会いたい」というものです。

 

 そこでJFCネットワークは、今年、設立20周年を記念して、「JFCとして生きる私の人生」と題したエッセイコンテストを行いました。

 

 フィリピンの学校では、日本の学校のようにひんぱんに作文を書く機会がなく、どれほどの作品が集まるか未知数であったため、事前にマニラ、ダバオ、東京の3都市で、JFCネットワークと関わりのあるJFCに呼びかけ、エッセイを書くためのワークショップを行いました。私もマニラと東京でワークショップの一部を担当させていただき、新たに多くのJFCと出会いました。

 

 家族、日本という国。大半の日本人は、生まれたときから当たり前のように、その一員として育つのではないでしょうか。家族も国も、子どものアイデンティティを形成する上で不可欠なものです。国連で採択され世界194か国が締約国となっている「子どもの権利条約」に家族、国に関する条項が盛り込まれているのも、そのためでしょう。

 

 にもかかわらず、父親を知らないJFCたちは、「自分はどこから来たのか?」、「自分はフィリピン人なのか?日本人なのか?」という問いを抱えてきました。また、父親との関係が切れたことから、母親が精神のバランスを崩してしまった、母親が家計を支えるためにフィリピンから海外に出稼ぎに出ていった、という経験を涙ながらに話すJFCもいました。

 

 けれども同時に、集まったJFCのほとんどが、父親のことを恨んではいない、会いたいと話しました。また、フィリピンのJFCたちは、自分も勤勉な日本人の血をひいているという意識からか、学業や仕事でよい成績を残している人が多くいます。「お父さんに会ったときに、自分のことを誇りに思ってほしいからがんばる」と話す子もいました。

 

 エッセイコンテストには、5月末の〆切までに、計31通の応募がありました。応募作品の一部をいくつか引用させていただきます。

「私たちの家族に何があっても、家族は家族。これはフィリピン人として学んだことです。私が願っているのは、将来、家族そろって生活すること、そして幸せになること、それがすべてなのです」(24歳 女性 フィリピン在住)

「大学を卒業したあと、観光産業で仕事をするのを楽しみにしていましたが、『日のいずる国 日本』を見てみたいという自分がいることに気づきました。パパに会いたいという気持ちもありました。私は彼に会い、抱きしめたかったのです。初めて、日本に着陸したとき、そこにいた人々は、細い目をしていて、まるで私みたいだと思いました。」(22歳 男性 日本在住)

 「何かが足りないからといって、すぐれた人物にはなれないということはありません。私のようなジャパニーズ・フィリピノは、ただ乗り越えようとする意思と、そして母親からの適切な支え、仲間からの励ましが必要なのです。私たちを追いつめるような人々には、耳をふさぐことです。そして、幸福と満足を力に変えること、それが、成功につながる公式です。」(21歳 女性 フィリピン在住)

「日本もフィリピンも、父親も母親も、そして僕の生きてきたこれまでの時間も『僕』という存在からは断ち切ることができません。しかし、それらはあくまでも自分を構成する一部分でしかないのです。時として、それらから制約を受け、順調にいかないこともあるでしょう。それでも僕たちは、自分の可能性を信じて生きていくことができると信じています」 (21歳 男性 日本在住)

 JFCネットワークでは現在、20周年を記念して、JFCの若者を追ったドキュメンタリー制作にとりくんでいます。監督は「月あかりの下で」などの作品で知られる映像ディレクターの太田直子さんです。

 現在、クラウドファンディングサイト「モーションギャラリー」にて、このドキュメンタリー制作の応援寄付を募っています。下記のサイトから応援チケットを購入していただくしくみです。寄付してくださったみなさまには、エッセイコンテスト入賞作品集を近日中に送らせていただきます。また、そのほかの特典もご用意しています。目標額は、クリスマスまでに20万円!このプロジェクトをいっしょに見守っていただければ幸いです。

(2014年11月発行のニュースレターNo238より)