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ニュースレター

ストリートチルドレンと出会う旅2014参加者感想文

2015/01/23 23:14:46 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

佐藤琴美(大学生)

 私は今回の旅で初めてメキシコという土地に足を踏み入れました。メキシコという国を全く想像できないまま、ストリートチルドレンと呼ばれる子たちはどのような装いをし、どのような性格をしているのだろうか、どのような環境に今いるのだろうかなどと、疑問ばかりを抱いていました。

 いざ着いてみるとそこには、日本はもちろん、今まで行ったことのある国とは大きく違った空気、建物、人々の様子がありました。それゆえ、街を歩くだけでワクワクしていたのですが、公園を通ると当たり前のように一家で生活をしている光景、小さい子を連れた若いお母さんがクスリを吸っている光景が目に入ってきました。地下鉄やバスに乗っているとき、物売りや演奏をしてお金を得ようとしている人たちも多くいたのですが、今回の旅で一番ショックだったといえる光景には、その地下鉄の中で遭遇しました。

 十代後半から二十代前半と思われる男の子2人組が、布に砕いた瓶の破片をたくさん包んで乗ってきました。彼らはその布を広げ、床に寝そべると、腕を破片の上に打ち付け始めました。自分たちの体を傷つけるのをみせることでお金を得ようとしているのだと、通訳の方に教えてもらいましたが、衝撃と辛さで直視できませんでした。実際に彼らにお金を渡している人たちもいましたし、彼らの腕が古傷でいっぱいだったのを見ると、このパフォーマンスでお金を得るようになって、かなりの時間がたっているのだろうと思いました。何かを売ったり、自分の得意なことをしたりするのではなく、自分を傷つけてお金を得ようという発想が浮かぶこと自体が、私にはとてもショックでした。

 今回の旅で訪問したいくつかの施設で、ストリートチルドレンの子たちが人権を奪還し、自分を愛し大切にできるようにしないといけないと言われたとき、自分を愛し大切にする方法を意識的に教えなければいけない状況とはどういうものなのだろう、と思いましたが、電車の中で遭遇した彼らは間違いなくその方法を知らないのでしょう。その状況を目の当たりにして、言葉にできない、もやもやとした暗い感情が浮かびました。

 しかし施設で出会った子たちは、そのように公園や街で目撃する人たちとは身なりや姿勢、顔つきも違い、明るく人懐っこいように思えました。言葉をあまり理解できず、たどたどしくしか話せない私にも、多くの子が興味を持って辛抱強く話しかけてくれました。まだ10歳くらいの女の子が、私が理解できるようにとゆっくり簡単な言葉を選んで話してくれたり、一緒に公園に行ったときには遊具の使い方を一つひとつ実践して教えてくれたりしました。私が「どの遊具で遊びたい?あなたが遊びたいので遊ぼうよ」といっても、「私はあなたがしたいのがしたい。それが楽しい」と言って、ずっと私の意見を尊重してくれました。この子たちがどのような人生を送ってきたのか、具体的には知りませんが、私や私の周りの人たちよりも、自分を尊重してもらえることが少なかっただろうと思います。それなのに、あるいはそれゆえになのかはわかりませんが、そのような子たちが初めて会った人たち、私たちを尊重できるというのは、とてもすごいことだと思いました。

 彼らは自分の才能について恥ずかしくなることも謙遜することもなく、堂々と話してくれましたし、将来どうしたいかも聞かせてくれました。自分の人生や自分自身を悲観することなくいてくれることを、とてもうれしく思いました。

 赤ちゃんから十代後半の子まで、たくさんの子に出会いましたが、彼らがこれから希望を失うことなく、まっすぐに生きられる環境にいられることを願います。

 今回の旅は短かったですが、私に多くの考えを持たせてくれました。まだ消化できていない思いもありますが、それらの思いは時間をかけて噛み砕いていきたいと思います。

 最後に工藤律子さんと篠田有史さん、上西和美さん、福間真央さんをはじめとする案内人や通訳の方々、ありがとうございました。案内人や通訳としてだけでなく、様々な経験をする手助けをしていただきました。 

 

三浦俊迪(大学院生)

 現在大学院生である私は、この旅を学部生の頃にお世話になったある教授から、紹介された。私はラテンアメリカの少年ギャングの社会復帰に関する研究をしている。その研究の参考にしたいと思い、参加するに至った。

 この旅ではいくつかのストリートチルドレンの支援団体を訪ね、そこのスタッフや施設に来ている子どもたちと触れ合った。施設にいる子どもたちからは、人恋しいのか、年齢にかかわらず、明るく人懐こいような印象を受けた。が、それと同時に、明るく日常を送れるようになるまで、どれ程の苦しいことやつらいことを乗り越えてきたのだろうかと感じた。

 この旅の中で、元ストリートチルドレンのある方のライフヒストリーを聞く機会があった。その方は、自分のヒストリー(歴史)を詳細に語ってくれたが、ある施設にいる若い子は、自分のヒストリーを話そうとしたら、泣き出し、話すことができなかった。私たちの想像以上にストリートの生活は大変なのだと感じさせられた。このことは、今回の旅の中で私の印象に最も強く残っていることの一つである。

 実際、施設に行くと明るい子も多くいるので、「施設で過ごしていくと明るくなっていくんだ」と思う人もいるかもしれないが、物事はそれほど単純ではない。スタッフの人たちは、子どもたちと触れ合うときには、施設の子であろうと、ストリートの子であろうと、言葉遣いひとつから細かい注意を払い、一人ひとり、触れ合い方も変えているという。路上で生活している子どもたちは私たち以上に繊細なのだと、実際の触れあいから感じた。

 現在のメキシコの路上には、昔ほど子どもたちがあふれ返ってはいないという。「昔と比べて目に見える子どもの数は少なくなった」とあるスタッフは言った。そして「その分大人が増えた」と続けた。もうチルドレンと呼べない年齢の人が増えており、そういった人々への支援を数年前から始めた団体はあるものの、まだ数は少ない。年齢により自動的に支援対象から外れてしまうこともわかった。支援団体のスタッフたちも支援対象から外れた大人たちを放って置くわけにはいかないと言い、新たな対策を練っているという。このような新たな課題を知ることができてよかったと思う。

 ひとこと「ストリートチルドレン」と言うと、大人の路上生活者を見逃がしてしまいがちなので、その点に気を付けなれければならないと気づくことができた。また、子どもの数が減ったというが、そのことについてももう一度考えなければならないと感じた。昔ストリートチルドレンだった人々が成長して大人になったということは事実ではあるが、それだけなのだろうか。政府による生活場所からの締め出しやクリーンアップ政策によって、私たちの目の届かない場所に行ってしまったということはないだろうか。犯罪組織に入って元の場所からいなくなり、さらに危険に満ちた生活を送っている可能性や、どこかの施設に強制収容されてしまった可能性はないだろうか。また、本当に実数は減っているのか。目に見える事実だけを鵜呑みにするのではなく、一度自分で考え直してみる必要があるのではないか。

 私はストリートチルドレンの数が本当に減少していて、それがストリートチルドレンや大人の路上生活者に対する様々な社会からの支援によって達成されていると願いたい。

 

木村緋奈子(大学生)

 「ひとはみんな、自分の人生をよりよくしようとして生きている」。これが、わたしが今回のツアーを経て学んだことです。当たり前のようですが、これが身にしみてわかる、ということは日本で豊かに暮らしていると難しいことだと思います。2週間足らずのたいへん短い期間でしたが、貴重な経験ができました。

 そもそもわたしがこのツアーに参加しようと思ったきっかけは、「友人に誘われて」というものでした。ほんの軽い気持ちで参加したこのツアーですが、参加してよかったと心の底から思います。

 メキシコでわたしが衝撃を受けたことは、ストリートエデュケイターとともに街を歩く中で、ストリートチルドレンがいわば「当たり前のように」そこにいるということでした。彼らは毛布にくるまり、道端や公園の遊具の中でひっそりと寝ていたのです。

 「怖い」。正直、はじめはこの印象が強くありました。ドラッグを使用している子どもたちも多く、わたしたちのような、いわば部外者は、拒まれてしまうのではないかとすら思いました。しかし、エデュケイターとともに話しかけてみると、彼らは私たちのことを歓迎してくれました。ほっとすると同時に、「怖い」と思ってしまったことが恥ずかしくなったのをよく覚えています。

 また、子どもたちと関わっていく中で気づいたのは、彼らが愛情深く、同時に愛情をつよくつよく希求しているということです。ほんの数日しか関われない私たちに対して、彼らは驚くほど歓迎をしてくれました。自分の宝物を「あなただけに教えてあげる」と見せてくれたり、めったにないお小遣いで買ったお菓子を惜しげもなく私たちにくれたりと、数え上げたらきりがないほどです。わたしはただ、彼らと笑顔で接し、遊び、はしゃぎ、抱きしめることしかできませんでしたが、私の彼らに対する気持ちが少しでも伝わっていたらいいなと思います。

 メキシコの「ストリートチルドレン」や「貧困層」とよばれる人々は、私の想像とはまったく異なり、明るく、人なつっこく、あたたかい人々でした。流暢であるとはいえないわたしのスペイン語も理解しようとしてくれ、「¡Más despacio, por favor!=もっとゆっくり!(話してください)-」と言ってばかりの私に、根気強く話しかけてくれました。彼らについて知れば知るほど、ひとりひとりの存在がかけがえのないものであり、みんな自分の人生をよりよくしようとしているということが痛いほどわかってきました。

 ありきたりな言葉になってしまうことが悔しいのですが、このツアーで得たものは、わたしの人生の中で大きなものであったと信じています。将来の方向性もなんとなくではありますが、見えてきたような気がしました。この経験を決して無駄にすることなく、わたしも自分の人生をよりよいものにしていくべく、努力していきたいと思います。

(2014年10月発行のニュースレターNo237より)