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春のラテン・チャリティパーティ「ストリートエデュケーションで守る子どもの権利」に参加して

2015/01/14 15:09:13 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

るるか

私は高校2年生です。私の学校には、3年間1つのテーマを研究する授業があります。私は、「ストリートチルドレンの心を救うために」というテーマで、メキシコにスポットライトを当てて勉強しています。

 

メキシコのストリートチルドレンに注目した理由は、2つあります。1つ目は、スペイン語の授業の時に、先生からお借りした工藤律子さんの本に感銘を受けたからです。メキシコのスラムについての本だったのですが、私のそれまでのメキシコに対するイメージは、お金持ちの行くリゾート地、明るいラテンの音楽... しかし実際は、急激な経済発展とともにたくさんの問題をかかえていました。その中でも、ひどい状況にあるスラムの人々が、一日一日を一生懸命に生きようとする姿に、日本という平和のかごの中でのうのうと生きている私たちにとって、学ぶべきところがたくさんあると、感じました。2つ目は、メキシコの次世代を担っていく子どもたちに、同じ子どもの立場からできることはないか、自分と正反対の状況といって過言ではない「ストリートチルドレン」のためにできることはないか、と考えたからです。

 

去年の秋から、メキシコやストリートチルドレンについての本を読んだり、講演会やお話を聞きに行ったりしていて、研究という段階にいくまでの基礎知識を深めてきました。その過程で、このパーティにも参加させていただきました。

 

フィリピンについての報告だったので、メキシコについて調べていた私は、「会の人とお話しできたらなぁ!」程度の気持ちで参加したのですが、最初のゲームやフィリピンでの報告を聞いて、考え方がガラリと変わりました。

 

まずゲームでは、子ども、子どもを守る人、子どもの敵、何も関係しない傍観者、に分かれました。私は「子どもの大切なものを侵害する敵」の役で、その後そういう人間がどこに存在しているかを、マニラ首都圏の地図に記しました。このゲームで感じたことは、まずフィリピンでもメキシコでもストリートチルドレンが直面している問題は同じであり、国が違うからといって別々に考えるべきではないということです。私はメキシコを調べていく過程で視野を狭くしていて、無意識のうちにメキシコの子どもたちだけが一番大変なのだと、心の中で思っていたのだと思います。このワークショップはそのことに気づかせてくれました。

 

フィリピンの子どもたちを脅かすものは、メキシコと変わらないくらいあるのです。そして、そんな中でも明日をまた同じように生きようとしている子どもたちの輝きは、今の日本の子どもたちから消えつつあるものの1つだと、感じました。貧困層の子どもたちが今日生きているのは、明日を生きるため、つまり未来を生きるためですが、現代の日本の子どもたちの大半は、何もせずとも明日がやってくるため、今生きる理由を見つけにくくなっていると考えました。そのために、いじめや引きこもりなども起こっているように思います。このように、どんな国においても、子どもたちは様々な危険と隣り合わせで生きているのではないでしょうか。

 

ワークショップを通して、自分は子どもを守る人、子どもの敵、傍観者、いったいどれに属しているのだろうと考えました。実際、私はフィリピンでストリートエデュケーターをしていた報告者の方のように、直接的に子どもたちを助けているわけではないですし、かといって多額の寄付をして子どもたちの生活を支えているわけではないので、「傍観者」に属しているのかもしれないと、ゲームでは強く感じました。しかし、工藤さんが以前おっしゃっていた「考えることと、考えないことは、大きく違う」という言葉を思い出しました。

 

少なくとも私は考えています。そして、このパーティに来ている方たちも。皆、傍観者ではないと思いました。今、高校生の私にできる一番のことは、自分の周りから、この「傍観者」を減らしていくことだと考えました。

 

最後に、このパーティに参加して、知ろうとしていなかったフィリピンのことを詳しく学ぶことができ、ストリートエデュケーターについても知ることができて、本当に良かったです。

 

(2014年4月発行のニュースレターNo231より)