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映画「怒れ!憤れ!~ステファン・エセルの遺言~」試写会に参加して

2015/01/14 15:07:31 ニュースレター
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ストリートチルドレンを考える会

運営委員・萩原望見
「無関心はいけない。世の不正義に目をつぶるな。怒りを持って行動せよ」


この印象的なメッセージを訴えたステファン・エセル氏の「怒れ!憤れ!」(日経BP社)が、この度、フランス人映画監督トニー・ガトリフ氏により、映画になりました。映画「怒れ!憤れ!~ステファン・エセルの遺言~」の日本公開(東京は3月1日)に先立ち、試写会に参加してきました。

 

身なりの整っていない一人の少女が、雑木林の中を逃げるように、無我夢中に走る。彼女は移民。仕事を求め、祖国アフリカの地を離れた。家族と離れ、一人見知らぬ土地にたどり着く。けれど、仕事を得るどころか、寝る場所さえも確保できない。警察に追い出されては転々とする日々・・・。

 

映画は、この少女を追うような視点でつくられています。ヨーロッパにたどり着いた少女が目にしたのは、華やかなヨーロッパの、路地裏に広がる低所得者層の暮らしぶりでした。そして最後に少女がたどり着いた場所、それが2011年の市民運動「15M」が広がるスペインです。言葉が通じなくてもデモに加わる少女。そこには、経済危機に際して、大資本ばかりを擁護し、市民のための政策を打ち出さない政府に対する怒りを訴える民衆の姿があります。若者たちは手を取り合い、つないだ手が武器だと言って、訴え続けます。その姿は非常に印象的でした。(スペインの15M運動の様子は、YouTubeでも見ることができます。)

 

映画の後、一緒に試写会に参加した3人で、意見交換の時間を設けました。共通して感じたことは、黙っていないで声を上げることがいかに大切かということでした。それは、当事者だけでなく、周りを巻き込む原動力になるからです。とは言っても、実際には、表現をすることが非常に難しい。それは、意見交換の場で出た意見からも、実感できました。

 

中高生と関わるメンバーによると、多くの若者は「学校などで発言すると浮いてしまう」と感じているそうです。実際は、若者に限った話ではないかもしれません。公の場で自分の意見を表現することは、調和を乱すことのように感じられてしまう。人と異なる意見を言えば、「変わっている」と思われてしまうのではないかと思ってしまう。そして黙ってしまう。やや過剰かもしれませんが、そのように感じることが、私自身にもあります。黙って、なんとなく周りに合わせていたほうが、楽。そして、自分の意見を言わないことに慣れてしまい、どのように表現したらいいのか、わからなくなってしまう。正直、最近はそのように感じます。

 

今回、映画を通して改めて考えたことは、発言することだけが表現ではない、表現方法に決まりはない、ということです。映画の中には、一心不乱にフラメンコを踊る女性が登場します。フラメンコを踊ることが、彼女なりの表現方法だったのでしょう。

社会に対して抱いた違和感を、自分だったらどのように表現できるのだろうか、そんなことを考えるきっかけとなりました。

 

また、もっと社会に対して疑問を抱いてもいいのではないか、という意見も出ました。確かに、作り上げられた社会を疑うことがなく、問題が起きれば、その責任は個人に問われがちになっているように感じます。たとえば、就職の問題です。多くの若者が定職に就けずにいることについて、その責任のほとんどが個人に求められている、という意見がでました。就職できないのは、本当に個人の能力の問題なのでしょうか。確かに、一人ひとり持っている能力に差はあります。しかし、それは今も昔も変わらないのではないでしょうか。こんなにも今、非正規雇用が多いのは、個人の責任ではなく、実は社会の責任なのではないでしょうか。私を含め、定職に就いている人からすれば、非正規雇用層の拡大を個人の問題として片づけてしまうほうが、正直、簡単だと思います。たとえば、社会に対して、「なぜこんなにも非正規雇用が拡大しているのか」と問うてみる。そのように、社会を疑う力を養っていこう、という議論になりました。


最後に。今後この映画を見に行く方には、あわせて本も読んでいただきたいと思います。本は、視覚によって訴えられるものがない分、自分の身近な環境をイメージしやすいように思います。また、映画については、同僚や友人と一緒に見に行っていただければ、得られるものがより大きくなるのではないかと思います。エセル氏のメッセージに触れた後の意見交換の時間が、大変意味のある、貴重な場になると感じたからです。

 

「怒り」というと、非常に強い感情と思われがちです。しかし、本や映画、意見交換を通じて感じることは、「怒り」とまでいかなくてもよい、社会に対して自分が抱いた「違和感」に敏感になろう、ということでよいと思います。それぞれを取り巻く環境や世代によって、その「違和感」は異なるかもしれません。共通して浮かび上がってくる「違和感」もあるでしょう。

この映画(本も同様ですが)が一番伝えたいメッセージは、「無関心でいるな」ということです。この映画を見に行った方々、本を手に取った方々には、すでに社会に目を向けている人が多いのではないかと思います。ぜひ、多くの方と意見交換をしていただきたいと思います。私も、沢山の方の意見を聞くことができたらと思っています。

 

[ステファン・エセル]

1917年、ロシア革命の年に、ベルリンで生まれる。7歳からパリで生活。第一次世界大戦中、亡命中のシャルル・ドゴールとともに、フランスのレジスタンス運動の闘士として戦う。1944年、ドイツのゲシュタポに捕まり、強制収容所に送られるが、そこで死亡した別の囚人になりすまし、脱出。戦後は、フランスの外交官として活躍する。1948年には、国連の「世界人権宣言」起草に関わる。2010年秋、フランスで出版された小冊子『怒れ!憤れ!』が欧米各地でベストセラーに。死ぬまで社会的アクティビスト、闘士だった。2013年2月、95歳で死去。

 

(2014年2月発行のニュースレターNo229より)