ラップミュージクで表現する その2

〜NGO「カウセ・シウダダーノ」の取り組みから〜

共同代表・松本裕美

QUIERO CAMINAR(自由に歩きたい)

ほかの国に居場所を変えたい?

お前自身が変わってみれば!?

歩きたい安心して町を歩きたい

想像したい俺の手でそんな町にできることを

想像したい安心して歩ける町を

状況を変えるには俺自身が変わらなきゃ

俺はひるまず歩いていくだがメガネが必要だ

お前が何を感じているか知るために

危険はお前の背後にあり夜の悪魔が剣で襲う

無神経な人間たちはそこここにいて

ほかの奴らの恐怖を糧に生きてる

俺もそんなに変わらないこの辺りじゃ皆そうだ

毎日ニュースになる何百という死者

ここじゃ働く者より殺し屋の方が稼ぐ

ひどい給料のしみったれた仕事ばかり

だからこの辺りじゃ暴力が幅を利かせてる

事は銃弾と勢力図ひとつで決まる

状況はそのまま受け入れられ変わることがない

若者は皆ヤクに明け暮れ

武器が会社に代わって暮らしを与える

生活が道を決め

人生がサプライズを運んでくる

リフレイン

あたしは今日もいつものように歩き続ける

あたしたちを苦しめる悪を見つめながら

あたしたちの夢を殺し奪い去り歌を血で染める悪を

新聞で何千という罪のない人たちが

裏通りで殺されていく現実を見ても

お前はただ傍観しながら

このくそったれと言うだけ

気分を言ってる場合じゃなく行動しなきゃいけないのに

むろんそれが現実さ

俺たちは虐げられているからほかの国へ行こうとする

何人大統領が変わっても俺たちはどん底から抜けられない

解決策を見つけたくてもイエローページには載ってない

ほかの奴らを信じるよりお前自身を信じろよ

頭を耕し大きな人間になり

ほかの奴らに教えるんだ変化が生まれる日のために

誰のためにやるかなんてもう気にするな

 私自身メキシコで外を歩く時には、常に緊張感をもつ。日本では考えられないことだが、メキシコで生まれ育った友人たちも皆、用心しながら生活している。ここ数年、メキシコ州に住む友人たちの身の回りにも、物騒なことが起きている。メキシコ北部や一定の地域を巻き込み、多くの被害者を出し続けている暴力の波は、今やメキシコのいたるところに侵食している。なぜそんな状態になっているのか、この状態を変えようと行動している人たちについては、工藤律子さんの新刊『マフィア国家』で詳しく紹介されているので、そちらを見ていただきたい。

 今回紹介したラップは、青少年コミュニティセンター「カウセ・シウダダーノ」に集まってきた若者たちによって創られたCD“Rango Jaguar”に収められている一曲で、彼らが生きている社会を伝えるものになっている。「カウセ・シウダダーノ」のスタッフから聞いた話によると、センターがある地域は、一歩道をまたげば薬物や武器の売買がされているとのことだ。身近にはびこる暴力、あまりにもひどいことが多い社会の中、恐怖もあるが、国家はあてにならないから、自分たちが変革していく必要があると、若者たちが立ち上がり、その輪を広げていこうとしている力強いメッセージを感じる。

(2017年8月発行のニュースレターNo272より)

この本をお勧めします!「マフィア国家」 

マフィア国家メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々」 

 工藤律子/著  篠田有史/写真   岩波書店

  紹介者・瀬尾 真志(会員/漁夫)
 今年3月、筆者はマニラのストリートチルドレン・スタディツアーに参加した。その日のプログラムが終わると、ツアーリーダーの工藤律子さんは、パソコンを持ち出し、夜遅くまで宿の食堂のテーブルに向かっていた。「今年、本を出すのよ。原稿を書かかなくちゃ」。

 2010年9月、工藤さんはフォトジャーナリストの篠田有史さんと、メキシコシティで本格的な取材に入った。メキシコでは麻薬戦争による混乱で、10年の間におよそ15万人が殺害された。親が殺され、3万人近くの孤児が生まれた。一番の犠牲者は子どもと若者だ、と彼らは確信する。2016年には、年間の殺人発生件数が、シリアに次ぐ世界ワースト2位となった。

 メキシコでは、麻薬戦争絡みで、既に50人以上の報道記者が殺されている。工藤さんと篠田さんはひるまない。子どもの権利のために活動する現地NGO代表に、「君たちは本当にどこでも出没するね」と言われる。彼らは、人とのつながりと寄り添いを大切にする。出会い、紹介、再会。使命を感じて動く。

 この本の2人には、微妙な切迫感がある。暴力に囲まれ、極度のストレスを抱えていたようだ。誘拐、尾行、監視…、暗殺者はどこにいるかわからない。そんな恐怖が、肌のすぐ隣にあったのかもしれない。

 メキシコは人口1億2千万人、面積は日本の5倍、GDPは世界15位(韓国と同規模)の中進国だ。「100年後には、メキシコはGDPが世界5,6位となり、世界をリードする。トルコ、ポーランドなどと共に将来性の高い国」という、未来予想もある。いったい、現在、人々の暮らしはどうなっているのか。筆者が学生時代に旅した30年前とも、だいぶ様子が違うようだ。

*  *  *

 アジア、欧州、中南米へ。ひとり旅の途上、私はホームシックの底にいた。キューバの首都ハバナから、メキシコ東部ユカタン半島のメリダに入る。メキシコの人々は、気さくで親切だった。「日本がだいすきです」。3カ月ぶりに耳にした日本語に、心和んだ。

 バスターミナルでメキシコの主食・トルティージャを頬張りながら、私は帝国書院『高等地図帳』を広げた。旅の足跡や書き込みが溢れる。北米大陸の頁にレポート用紙をかぶせ、海岸線を鉛筆でなぞり、白地図を作る。ロサンゼルスまでの旅程を練る。移動は陸路をバス、と決める。地図帳の背をしっかりとガムテープで補強した。

 バスは西へ。熱帯密林に眠るマヤ文明のウシュマルや、中央高地のテオティワカンの遺跡を巡る。サボテンの荒野を西へ西へ。薄暗く汚れた空。窓をあけると目がちかちかしてきた。首都メキシコシティが近かった。そこのゲストハウス・メヒコの女主人は、大の親日家だった。バスは、太平洋を望む港町マサトランへ。フェリーでカルフォルニア湾を渡り、対岸のラパスへ。バスは半島を北上する。サボテンの荒野の先に密集した集落が見えてきた。国境の町ティファナだ。すぐ北は大都会サンディアゴ、アメリカだった。身も心も揺れに揺れた旅であった。

 *  *

 工藤さんは自身の言葉、あるいはインタビュー相手の言葉を通して、訴える。「暴力は何も解決しない。不幸を生み出すだけだ」、「マチスモ(男性優位主義)が蔓延している」、「大人が非暴力の文化を身につけなければ、子どもたちはその負の連鎖から抜け出すことはできない」、「多国籍企業と化したカルテルと腐敗した公権力が結びついて動く〈マフィア国家〉を解体し、再建、再生させるには、そんな〈カルテル〉や〈公権力〉を生み出した〈世界〉のありかたを変えなければならない」と。

 篠田さんの写真は、優しく、鋭い。〈世界一危険な町〉といわれる北部国境の町フアレスで、青い壁画をカメラにおさめた。壁に描かれたのは、犯罪に巻き込まれて失踪した若い女性たちだ。「生きぬいて、世の中を変えなくちゃ」と、強いまなざしで叫んでいた。この写真は、本書の表紙に使われている。

 「幸せだったのに、ママ大好き」と、目の前で親を殺された子どもの絵は、叫ぶ。「暴力をやめよう」と、元ギャング・リーダー、カルロスは、スラムにある公園で、少年たちに熱く粘り腰で語る。若者たちが立ち上がり、社会が少しでもよくなることを切に願う。

(2017年7月発行のニュースレターNo271より)