仲間を搾取から守りたい/JFCノリの挑戦

共同代表 野口 和恵

 マニラで、日本とフィリピンの血をひく男性“ノリ”が、日本にいるフィリピン人コミュニティのためのWEBサイト(http://juaninjapan.com/contribute/)をつくる準備をすすめている。彼は、マニラでウェブサイト運営や商業デザインを中心とする会社を経営している。社員は数名だが、20代という若さで成功をおさめた実業家である。

 

 ノリは、ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレンだ。ノリの母親はマニラの貧困層の出身であり、若いときに日本に出稼ぎに渡った。そこで知り合った日本人男性との間にもうけた子どもが、ノリだった。母がフィリピンへ一時帰国した際に、ノリは生まれた。以来、ノリは祖母に育てられた。母は日本へ戻って働き、送金をつづけていたが、日本人の父親について語られることはなく、消息もわからなかった。「父親のことを知りたい」。そんな思いを抱えたまま、大人になった。

 

 ノリのように日本人の父親から養育放棄されたジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン(JFC)は、在比ケース、在日ケースあわせて10万とも20万ともいわれている。日本がバブルに湧き、あちこちにフィリピンパブが林立していた1980年代以降、日本に出稼ぎにきたフィリピン人女性と日本人の男性の間に生まれる子が増えたことが、背景にある。フィリピン国内にも日本人男性を相手とした歓楽街が広がり、そこでも男女の出会いがあった。結婚し幸せな家庭を築いたケースもあるが、父親のことを一切知らないまま大人になったJFCが、日本から見えないところで生きているのも事実である。

 

 こうしたJFCを支援する団体が、フィリピン国内にいくつかある。大人になったノリはこれらの団体をたずね、同じような思いを経験してきた青年たちと交流を重ねてきた。ノリはときどき自宅をかねたオフィスにJFCの友人をよび、自分たちの課題について話しあい、きずなを深めるためのパーティを開いている。

 

 ノリ自身も会社を立ち上げるまで、生活面でも精神面でも大変な苦労があった。しかし、ノリは交流をとおして、JFCのなかにはもっと過酷な人生をたどってきた者がいることを知った。小学校さえも卒業できなかった者もいたし、フィリピン人の実母にも捨てられ、路上で生きてきたという者もいた。

 

 そんなJFCたちも機会に恵まれれば、力を発揮し、よい仕事につけるのではないかと、ノリは感じた。そこでノリは自分の会社のなかで同胞の職業訓練と雇用の機会をつくった。しかし始めてみると、ノリは彼らとの接し方に悩んだ。成長の過程でさまざまな機会が欠落してきた彼らには、仕事の前に簡単な規則を守ってもらうことも難しかった。それを理解する専門性のある人間でなければ、彼らの教育はむずかしいと気づいた。会社もうまく回らなくなったため、ノリは彼らと長く話し合った末、別の簡単な仕事につくことをすすめた。ノリは今でも彼らのポテンシャルを信じている。ただそれを生かすには、適切な訓練と指導を受けて、規律を持つことが必要なのだ。   

 

 今年7月、ノリは日本に行くチャンスを得た。日本の支援団体らから、スピーカーとして招待を受けたのだ。これは「移住者と連帯するネットワーク」が、トヨタ財団の助成を受けておこなった「安全な移動と定住」プロジェクトの一環だった。現在、日本は技能実習制度をはじめ、さまざまな形で外国人労働者を呼びこみ、介護や製造業での人手不足解消、コスト削減をはかろうとしている。日本人の父親から生まれたJFCは、父親からの認知があれば在留資格をとりやすく、なかには日本国籍を取得しているものもいる。外国人労働者を日本の会社に仲介するエージェントはこれに着目し、フィリピンで積極的なリクルート活動をおこなっている現状がある。「日本に行ってお父さんに会いたい」といったJFCの気持ちを利用し、日本で働けば父親さがしを手伝ってあげるといって、劣悪な労働環境に送りこむエージェントも存在する。こうした現状を調査し、日比でアドボカシー活動をおこなうことによって被害の拡大を防ぐのが、このプロジェクトの目的だ。

 

 ノリはまだ見ぬ父親の国を訪れ、自分の生い立ちを赤裸々に語った。会場には、涙を流しながら聞く人の姿がめだった。この旅を通して、ノリは実際に日本で搾取されてきたフィリピン人女性たちに会い、労働の現場を見学した。また、日本の貧困問題に取り組む人々にも会い、日本の社会のなかにも格差が広がっていることを知った。

 

 フィリピン人女性やJFCが日本の社会の現状や法律を知らないために、安価な労働力として利用されている。そう感じたノリは、フィリピン人が自分たちの権利についてさまざまな情報を得られるリソースが必要だと感じた。冒頭に紹介したウェブサイトは、この経験から企画したものだ。

 

 現在は試作ページのみだが、今後、日本語と英語での情報発信をしていきたいと考えている。現在、このウェブサイトの制作に協力してくれるライターや翻訳者を募集中だ。また、運営資金を出してくれる広告主もさがしている。

 

 興味のある方は、ぜひhello@juaninjapan.comに問い合わせを。

(2016年10月発行のニュースレターNo261より)

グアテマラ周産期事情 最終回

運営委員・久野佐智子                                                                       

 今回を含めて6回にわたって、グアテマラの周産期事情を紹介させていただきました。この国の農村部における妊娠と出産ケアの日本との違いには驚かされますが、そもそも「妊娠は病気ではなくて、人生のなかで日常に経験すること」という捉え方をされていることを知ると、グアテマラ方式もわかるような気がします。しかしながら実際は、妊娠によって引き起こされる病気もあれば、出産中の大量出血などもあり、やはり周産期には適切な健診と急変に備えた医療設備により、母と子の安全が守られます。

 一般的にはあまり知る機会のない妊娠期の異常ですが、皆さんは例えば「前置胎盤」について、耳にしたことはありますか。これは、胎盤が子宮の出口を覆ってしまう状態のことを言います。そのため、本来であれば赤ちゃんが出てくる道が、胎盤で塞がっています。そうなった状態の時にもっとも重大な問題となるのが、陣痛が始まると、子宮の収縮とともに胎盤が子宮から剥がれてしまうことです。赤ちゃんが生まれる前に胎盤が剥がれてしまうことは、赤ちゃんの生命線が絶たれてしまうことを意味し、そのような胎盤の剥がれ方をすると、大量出血を引き起こすことから母親にも生命の危険を及ぼします。この前置胎盤と呼ばれる状態の妊娠は、1000人の妊婦さんに3~6人の割合で起こるといわれています(日本産科婦人科学会)。決して少なくない数です。また、前置胎盤の時には、「前置血管」や「癒着胎盤」の可能性も高くなります。前置血管というのは、本来であれば胎盤から赤ちゃんのへその緒につながっている血管が、胎盤から外れたところにあり、卵膜という赤ちゃんを覆っている袋に直接くっついている状態で、しかもそれが子宮の出口にあることを言います。この場合も、破水をして卵膜が破れたり、子宮収縮の刺激で血管が破綻したりでもしたら、大出血となる危険性があります。そして癒着胎盤というのは、本来であれば出産後に自然と剥がれ落ちるはずの胎盤が、子宮の壁に入り込んでいる状態のことを言います。出産後、子宮は急激に収縮することで止血することから、もし胎盤が剥がれないと子宮が収縮せず、血管が破れたのと同様となり、これもまた大量出血の原因となります。

 このような出血の危険性のある状態でも、前置胎盤は、妊娠中に本人が気づくことはなかなかありません。そのため、ほとんどのケースでは、妊婦健診によって判明します。それも、超音波検査をすることでわかるのです。グアテマラでは例え妊婦健診をしても、胎児の頭の向きを確認したり胎児心拍を確認するくらいで、超音波検査は一部の限られた妊婦さんしか受けることができません。そうなると、もし前置胎盤や前置血管であってもわからず、予防のしようがありません。日本では健診でこのような異常が判明すれば、まず大きな病院を紹介され、そこで帝王切開が選択され、大量出血にも備えた処置がなされます。日本の周産期死亡率が世界的にみても最低レベルを維持しているのは、このように一人ひとりに対してきちんとした健診とケアを行っているからです。     

 しかしながら、異常を意識するあまり、病院で過度な医療介入が行われていることも否めません。出産の現場にいると、促進剤と呼ばれる子宮収縮を増強する点滴を使用する人の多さに、驚きます。安全を優先するあまり、過度な医療介入が指摘されている日本の周産期事情は、グアテマラのような途上国から学ぶこともあるような気がします。母子の命の安全は最優先事項ですが、多くの場合、妊娠は病気ではなく、また出産は、母子だけではなく家族にとって、人生の日常の延長線上にある経験となるのですから。

 グアテマラ周産期事情については、これをもちまして一旦終了致します。ありがとうございました。またご意見、ご質問等ありましたら、いつでもお待ちしております。

(2016年12月発行のニュースレターNo263より)