コロンビアのアフリカ系コミュニティを訪ねて 前編


 共同代表・野口和恵

 雲霧林に覆われたアンデス山脈を車で下ること2時間。しだいに空が青くなり、空気が熱を帯びてきた。向かった先は、コロンビア南西部沿岸の都市トゥマコ。赤道直下にあり、一年を通して平均気温が30℃前後という熱帯に属する地域だ。

 そこではコロンビアの人口の4%(外務省データによる)にあたるアフリカ系住民が暮らしている。16世紀、スペインの植民地となったコロンビアには、ほかの南米の国と同じようにアフリカ人が奴隷として連れてこられた。彼らは鉱山やサトウキビ畑などでの労働に従事させられていたが、1851年に奴隷制が廃止になると、コロンビア国内を移動し定住先を見つけた。とくにトゥマコがある太平洋沿岸地方に移り住んだ人が多く、現在190万人のアフリカ系住民が暮らしている。1990年代前半には、一定の要件を満たしたアフリカ系コミュニティに対して、政府から共有地が与えられた。

 トゥマコに着くとすれ違う人はみなアフリカ系で、アジア人の私たちは明らかに目につく存在だった。街のなかにはジュースやパンを売る露天商や食堂、衣料品の小売店がずらりと並ぶ。どこでも音楽が大音量で流れ、人の声も大きい。住民たちの祖先が生まれたアフリカの風景もこんな感じだろうか。

 ついバックパッカー気分に浸ったが、コロンビアを長く取材してきた案内人の柴田大輔によると、「ここはコロンビアでももっとも貧しく難しい地域のひとつ」だという。一昨年サントス大統領がノーベル平和賞を受賞したことで日本でも話題になったが、コロンビアでは1960年代から農村の改革を訴える武装ゲリラが各地で生まれ、政府軍あるいはパラミリターレスとよばれる右派系の民兵組織との争いが続いた。さらにそこへ麻薬組織がからむこともあり、事態は複雑化した。トゥマコはその最前線となった。

 内戦に翻弄されてきたトゥマコには、大きな産業がない。働く先といえば農場や魚市場、タクシーもしくはバイクタクシーのドライバー、または前述のような商店にしぼられる。こうした仕事で得られるのは、コロンビアの最低賃金以下の給料だ。街の外れにはビーチリゾートがあり、ホテルや高級なレストランもあるのだが、経営者は外部の人間で、観光客が気前よく落とすお金はそこに集約されてしまう。

 こうしたなか、カトリック教会の慈善組織「パストラル・ソシアル」は、トゥマコの住人たちに寄り添った活動を続けている。パストラル・ソシアルのディレクターであり、ソーシャルワーカーとして女性たちの支援をしてきたドラ・バルガスさんを訪ねた。ドラさんのオフィスがある教会の前には、2001年に亡くなったシスターの胸象があった。パストラル・ソシアルでアフリカ系住民の権利回復のために尽力していた方だったが、何者かに暗殺された。アフリカ系住民の土地を守るため、国内外で精力的に活動していた時期だったという。

 ドラさんはとてもチャーミングでエネルギーに満ちた方だった。私は自己紹介がてらストリートチルドレンを考える会のこと、フィリピンのNGOでボランティアしていたことを話し、「トゥマコにはストリートチルドレンはいますか?」とたずねた。すると、子どもではないが、大人の薬物依存者で家族から見放され、一人で路上暮らしをしている者は多いという。彼らは昼間は人目につかないところで眠っているが、夜になると起きてごみをあさる生活をしている。年齢層は以前は30代、40代が多かったが、最近では20代もめずらしくない。その場合、青年たちが初めに薬物に手を出したのは10 代のころだという。

 子どもが薬物依存に陥る理由を、ドラさんは次のように語った。

「貧しくて学校に行けない子もいますし、子どもが安心して集まれる場がここにはありません。音楽やスポーツの才能があっても、それに打ちこめる場がなく、導ける大人もいないんです。そんな子どもたちに麻薬の売人は、“食べ物やお金をあげるから、仕事を手伝わないか”と声をかけます。ごはんを食べられない子どもたちはお金や食べ物がほしくて手伝ううちに、自分も麻薬に手を出してしまうんです。同じようにして武装グループに入っていった子もいます」

「それから、親が子どもの行動に関心を払えていない家庭の事情もあります。夜遅くに外出しても何も言わなかったり。でもそれは、大人たちも十分な教育を受けていなかったり、仕事がなかったりして、将来に対するビジョンを持てていないからなんです」

 トゥマコでは高校への進学率は60%、大学への進学率は3%にとどまっている。これはコロンビアの他の都市部にくらべ、明らかに低い。

(2018年2月発行のニュースレターNo277より)

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